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Yuki Nekomiya

Chocobo [Mana]

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小説: 砂漠の花守 4話

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 私が普段使っているのは、何の意匠もない、シンプルな銀のヘアピンです。若い娘なのに飾り気がないと同僚から呆れられていたのですが、逆にこの飾り気のなさでは、陛下の髪飾りの邪魔になることもないでしょう。
 本心としては、結ってある髪をほどいて再びきちんと結い上げたいところですが、さすがに、私の技量的に厳しいものがあります。最高の結果を目指して取り返しのつかない事態になるよりは、とりあえず一時的にでも、落ちている髪が目立たないようにするほうが良いでしょう。
 失礼します、と小さく呟いて、私は零れ落ちていた陛下の髪を慎重にすくいあげ……一瞬、息をのみました。
 直接触れた陛下の髪は、予想していたよりもはるかに美しく、滑らかなものでした。女性の髪はよく露糸にたとえられますが……濁りの無いローズピンクのカララントで丹精こめて染め上げた最高級の露糸のようと言っても過言ではない、いえ、それ以上だと断言したくなる、素晴らしい手触りです。
 しっとりとしているのにベタつきのない、むしろさらりとした触感は、使っておられる香油の質がとても良いからでしょう。ふわりと漂う香りは、甘いけれども甘すぎず、どこか高貴で清潔感があります。生憎と香油に詳しくないので、表現が難しいですが、いかにも「陛下らしい」香りのように思えました。
 お届けしているのはやはり、東アルデナード商会なのでしょうか。既存品ではなく、専用の一点ものだったりするのかもしれません。既存品であれば、「陛下御愛用の品」として華々しく上流階級で売り出されているでしょうし、そうなれば、いくら高級品に手が届かない庶民である私でも、噂話ぐらいは聞くはずです。
 もしこれから売り出すのであれば、いっそのこと、陛下御愛用と謳うことを許す代わりに幾ばくかの許諾料を取るようにすればいいのではないでしょうか。ほかの砂蠍衆に知られず、直接陛下の懐に入る金、というのはなかなかに魅力があるような気もします。自由に扱える金銭の多寡は、すなわち自由に行動できる範囲そのものです。もし陛下に、砂蠍衆との協議にかけずとも自由自在に扱える金があれば……誰へ、どの案件での根回しなのか一切知られることなく費やせる金があれば、それは陛下にとって、とても大きな武器となりうるはずです。
 ……もっとも。私程度が思いつくことなど、とっくに陛下や砂蠍衆の方々が思いつき、可否を判断なさっているのでしょうけれども。「だれも気づいていない画期的な発想」なんてものは、「誰かが思いついて、棄てる判断をした代物」であることがほとんどだと聞きます。
 ともあれ、今は目の前の陛下が最優先です。慎重に、落ちていた髪を掬い取り、緩まず弛ませずきっちりとピンでとめます。幸い、陛下の明るい色合いの御髪に、銀のピンは違和感なく溶け込んでくれたようで、素人目には「一分の隙もない、普段の陛下のお姿」の完成です。お傍でよく仕えている侍女や侍従の方が見られたら粗が気になるでしょうが、さしあたっての当座の急場しのぎとしては悪くない出来です。
 最後にもう一度出来栄えを確認して……ふと、気づいてしまいました。
「……」
 こちらから窺える、陛下の横顔。僅かに瞳は伏せられており、ふっさりとした睫毛が陶器のような滑らかな頬に濃い影を落としています。少しばかり俯いておられるせいで曝け出された首筋は、ひどく細く儚く見えて……ほんの少しだけ理不尽な怒りが沸き起こりました。
 もし、私が陛下の命を狙う不届き者だとしたら、どうなさるのでしょうか。もちろん、私にはそんな気持ちは微塵もありませんけれども。ですが、万が一、もし私がそのような悪心を起こしたのなら……瞬く間にこの首を、ウルダハの柱を折ることができてしまうでしょう。刃物をわざわざ持ち出す必要すらありません、陛下が護身術を修められているとしても、この位置からでは私が目的を達成するほうが早いでしょう。両手に力をこめて、それで終わりです。
 その危うさを、この方はわかっておられるのでしょうか。……いいえ、きっと、分かっておられないに違いありません。この方にどれほどの価値があるのかを、この方ご自身が一番わかっておられない。
 確かに、ウルダハ王家の威信は衰えています。かつての隆盛も今は昔、政治の実権は砂蠍衆がほぼすべてを担っています。それでもなお、私を含め多くの民が、優しく凛々しく、懸命にこの国を背負おうとしておられるこの方を敬愛し、望んで王として戴いているのです。
 陛下がウルダハという国を、街を、住まう民のすべてを尊び、愛し、慈しんでおられることは疑う余地のないことです。いかな共和派の方々といえど、陛下のご尽力、そのこと自体を疑う者はウルダハ国内に居りますまい。ただそれと、利害が衝突していることが、併存しているだけです。
 ――けれども陛下は、民からの愛を信じておられない。あるいは、誰も、本当の意味では信じていないのかもしれません。己の手で掬えぬ者たちを嘆き、為政者としての無力さを噛み締めておられる陛下は、だから。
(……いえ。いいえ)
 それを寂しいことだという資格は、私にはありません。強く力のあるものだけが愛される資格(かち)を持っているわけではないと、陛下を諭す立場にもありません。今、これほどの距離に居ること自体が、非日常の異例なのです。
 ゆっくりと静かに深く息をついて、私はそろりと一歩下がりました。間に生まれた空白が寂しい気もしますが、これが本来の私と陛下の距離です。いつものように、そっと頭を下げようとした私に、陛下が声をかけてくださいました。
「すまんのう。助かったぞ、フェリカ」
「……!」
 さらりと。何でもないことのように告げられた言葉に、私は思わず顔をあげて陛下を凝視しました。悪戯を成功させた子どものような、してやったりといった陛下の笑みに、温かい何かがゆっくりと胸に満ちていくような気がしました。
 この王宮には少なくない人間が勤めています。陛下の傍で付き従う侍女や侍従の方々は早々に代わることはないでしょうが、私どものような下級女官だと、辞める者も新しく勤めに来る者も、それほど珍しくはありません。私とて、違う部署勤めでめったに顔を合わさない女官については、顔に見覚えはあっても名前は知らない、といったこともあります。
 なのに陛下は知ってくださっていました。取るに足らない存在であろう、私個人の名前を。このようなことがなければ、一生呼ぶことのない者の名前なのに。
「……いえ、過分なお言葉、恐縮でございます。……ですが陛下」
 うまく、笑みを浮かべることができたでしょうか。胸が詰まって、表情が強ばっていないでしょうか。声が少し震えるのばかりはどうしようもありませんけれど、せめて気づかれない程度であってほしいのですが、どうでしょうか。
「御身を、くれぐれも大切になさってくださいませ。どうか、お忍びもほどほどになさいますよう」
「う、うむ。まぁ、そうじゃな、ほどほどに相分かった」
 調子に乗りすぎた、余計な事を、と叱られても仕方ない私の言葉に、陛下は苦笑を浮かべてそう返答してくださいました。
 陛下のお忍びに気付いている女官はきっと、私ぐらいでしょう。商家の娘風に変装なさった陛下は確かに、どこから見ても「どこにでもいる、普通のララフェルの娘」です。外見だけで見分けるのは、おそらくよほどの傍仕えでなければ難しいでしょう。ましてや、一介の下級女官が気づくのは、本来は不可能と言ってもいいでしょう。
 けれども、私が知る、まっすぐで揺るぎない歩調は、「陛下」であらせられる時も、「商家の娘」でいらっしゃる時も全くの同じで。
 ……これは私だけのささやかな秘密で、種明かしするつもりはありません。御髪が乱れていた原因が、変装してお忍びに出掛けていたからだということも、もちろんです。
 もっとも、陛下のこの様子ではきっと、パパシャン殿が胃を痛める事態がまだまだ続きそうですけれども……それで、陛下のお心が少しでも晴れるのであれば、パパシャン殿の胃が犠牲になるのも致し方ないことかもしれません。
「ではの」
 最後ににこりと衒いのない笑みを浮かべ、ひらり手を振り歩き出す陛下の後ろ姿を、今度こそ深々と頭を下げて見送ります。
(……どうか)
 一介の女官の身では過ぎたことと思いつつも、それでも願わずにはいられません。どうか、陛下がウルダハの民に対して願われるのと同じくらい、陛下にも幸福と安寧が訪れますように。
 これは、純粋な祈りではないのでしょう。重荷を負って歩まれる陛下がしあわせになれるのであれば、私にも家族を投げ出さずにしあわせになる道がどこかにあるのだと、希望を信じて生きていくことができる。それは、ほんの少しばかり似た境遇を重ね合わせて、自分をごまかしているだけかもしれません。
 ――それでも、そうしたら、私は一時でも家族を棄てようとした、過去の私を赦すことができると思うから。


 けれど。
 その夜に、陛下は。
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