大学4年生の夏。入道雲がモクモクな日。世界はセミの声しかしていない。着信音がセミの声に紛れたせいで、電話に出るのが遅くなった。同じゼミの友人からだ。
「突然なんだけど、富士山に登ってみない?」
本当に突然すぎる。そもそも山登りなんてしたことがないし、山登りしてみたいと話したこともない。
「富士山?いつ登りに行くの?」
「あした!」
「えー!急すぎない?ていうか富士山って簡単に登れるの?わたし、ちゃんと山登りしたことないんだけど」
「行けるっしょ。小さい頃に家族と登ったことあるんだよねえ。日帰りで行ける!」
「ほんとに?わたしでも登れると思う?装備とか何にもないよ?」
「ハイカットのシューズで行ける!あとは長袖スポーティな格好で大丈夫っしょ」
「まじかー。他には誰か行くの?」
「あとヤザワ氏」
「3人なのね。うーん。行くか」
「おお!行きますか!じゃあナツキが車出してね」
「わたしなんだ。どこから出発するの?」
「明日の5時に大学前!」
「うへえ。起きれなかったらごめんね」
「電話で起こします!じゃあ!」
と、スー子の勢いに圧される形で富士山に登ることになってしまった。しかも明日。早朝!
そもそもなんでわたしたちは富士山に登ろうとするのか完全に聞きそびれた。大学同期の思い出作りというやつなのだろうか。
スー子は静岡県出身。静岡県民には富士山に登るのに理由など必要ないのかもしれない。あときっとお茶が好き。
とりあえず富士山に登る準備をしなければと、タンスをごそごそやって一通り揃えてみる。登山用の服装、装備は一つもないが、仕方がない。スー子の「子供の頃に登ったことがある」という一説を頼り、大学生のわたしならさらに登れるはずと信じるしかなかった。
明けて5時。そんなに運転は得意ではないが、早朝で道が空いてたこともあり、なんとか大学までたどり着く。
「やあ、ナツキ。体調はどう?」
一番に到着していたヤザワ氏。3人の中で一番背が高い。卒業後はカナダの大学へ進学することになっている。
「眠いよねえ。そうだ。ヤザワ氏はいつスー子から富士山行こうって言われた?」
「昨日だよ」とヤザワ氏は笑った。いや、笑ったというよりかはやれやれという感じである。
「なんでスー子は突然富士山に行くって言いだしてるの?」
「知らないけど。思い出作り?小さい頃に登ったことあるって言ってたよ」
などと話すうちに、スー子はまったく同じことしか話していないことと、わたしとヤザワ氏は登山の経験がないことが判明した。
「うちらで富士山に登れるのかね・・・」と自信がなくなってしまった。いや、そもそもあるほうがおかしいのだが。
今日も暑くなる。と確信できるほど空は晴れ渡っていた。こんな早朝から大学の前にいるなんて久しぶりだった。新歓コンパや学園祭後の飲み会で終電に乗りそびれて、帰れなくなった時を思い出した。そんな時はなんで早く帰らなかったんだろうといつも後悔していた。
「はやいねー!2人とも!」
スー子が満面の笑みでやってきた。ひとりだけ登山装備だ。
「では早速ナツキの運転で富士山を目指しますか!」
本当に早速すぎる。が、車の中で話をしようと思った。
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