「あなたは私のそばから、離れていかないよね?」
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私ことオリヴィエ・ブランクは、ウルダハ・ランディングから飛空挺でリムサロミンサへと向かっている。
出立前に、幼少期から労働を対価に衣食住を与えてくれた、ロウェナ商会ウルダハ支部に別れを告げた。
もっと引き止めてくれるかと思っていたが、思いのほかあっさりした別れだった。
ロウェナ商会で働く者とは、従来そのような集まりだったのかもしれない。
私を縛り付けていたのは街でも誰でもなく、私自身だったのだろう。
「オリヴィエ見てこらん。青々と広がるあの景色を。海を見たのは初めてかな?」
ローランさんが飛空艇の甲板から眼前に広がる景色を眺めながら行った。
彼女は、ウルダハの不滅隊に所属するフリーカンパニー、Zeit der Windstilleのマスターだ。
FCの名前は、どこかの国の言葉で、穏やかな時間、という意味らしい。
さらにその名前はひんがしの国の言葉で、凪《NAGI》と呼ばれているとのことだ。
目の前に広がるロータノ海。
初めて見た海に感動しなかったわけではないが、私はその景色を見つめるローランさんの青い瞳を見ていた。
私がNAGIに入った目的。
それは、このローラン・ノワールというマスターが抱えている何かを知りたいと思ったからだ。
あの日みた夢の内容が頭から離れない。
暗闇に閉ざされた中で、彼女は何を探していたのか。
私はそれを見つけ出したいと思っていた。
リムサロミンサに到着してからは、レストラン「ビスマルク」にてを食べながら休憩した後、すぐにクガネに向かう船に乗った。
初めて訪れた場所、初めて目にする様々な景色や人々。
私の中の世界が、いかに狭かったのかを思い知らされた。
東の果てにある島国、ひんがしの国にクガネという都市があり、そこに隣接するシロガネという場所にNAGIのハウスがあるらしい。
道中の船旅にはかなりの時間を要したが、その間にローランさんから、NAGIのことや、そこに所属しているメンバーの話について聞いた。
聞けば聞くほど、個性的なメンバーが揃っているようだ。
⌘
シロガネに着いたのは夜だった。
茜坂商店街を抜けて最初に目についたのが、ライトアップされた紅梅御殿。
そこを抜けて進んだところに、NAGIのハウスがあった。
。東方様式の建物は初めてみたが、ハウスというよりはもはや城塞だ。
まさかこのようなところで暮らすことになろうとは夢にも思っていなかった。
「このハウスは、まさにNAGIの夢の形なんだ。
メンバーの色んな想いが詰まっているんだよ」
そもそもこの土地は5,000万ギルするとのことらしい。初めて聞いた金額の規模だった。
NAGIに昔から所属しているメンバーでギルを貯めて購入したらしい。
一人の力ではなく、メンバー皆で努力して手に入れた場所、というところが、今のNAGIというFCを形成している何かに結びついているのではないかと思った。
ハウスの庭で、多くの仲間たちが私を出迎えてくれた。
縁側に腰掛けてこちらに手を振っている人。
ひたすら木人を殴り続けながら私のことを見ている人。
屋根の上で必死に何かを作り続けている人。
新しい衣装をお互いに褒め合って喜び合っている人。
見たことのないような舞を踊り続けている人。
私にはすぐに分かった。
このFCは、とてつもなく自由なのだと。
⌘
NAGIでの生活から幾ばくかの月日が流れ、私もすっかりメンバーの一員として定着し始めていた。
FCやマスターのために自分ができることを考える以前に、まずは自分自身を成長させることに努めた。
様々なジョブを習得していくに連れて、私は智略・戦略について考えることが得意だということに気がついた。
また、ローランさんのことについても、色々と分かってきたことがある。
まず一つ、思っていた以上に計画性がないということだ。
何をやるにしても思いつきで行動しているところがあり、その都度、仲間を巻き込んでいる節がある。
しかも、ある程度楽しんだら、まるで興味を無くしたようにすぐにやめてしまうのだ。
逆に、私は事前に色々と準備をして、何の問題もなく事を進めることが好きだったから、自然とローランさんをサポートするような形になることが多かった。
次に、整理整頓が苦手ということ。
いろんなところから手に入れてきたアイテムは常に所持品に入れっぱなしで、いざというときに必要なアイテムを所持品MAXで受け取れなかったことが何度かあったようだった。
また、調度品もハウスの至る所においては放置して、よく設置数オーバーになることがあった。
逆に、私は普段から必要最低限の物しか持ち歩かないし、あまりごちゃごちゃした内装も好きではなく、落ち着いた感じの広々とした場所が好きだったから、自然と片付けたり整理したりするようになっていた。
最後に、意外と抜けているところが多い。
ローランさんはメンバーの中でも特にたくさん喋るのだが、たまに何を言っているのか分からないことがある(誤字)。他のメンバーはその点について指摘をしないあたり、もう容認しているのか諦めているのか。
私はそういうところはしっかり正さないと我慢できないから、自然と指摘したり、こう説明してはどうか、と提案するようになっていた。
「オリヴィエにはいつも助けられているね。本当にありがとう」
いつしか、そんな言葉をローランさんから掛けてもらえるようにまでなっていた。
自然と、そうなっていた。
頼りにされている。そう感じていた。
これで、もういいのだろうか。
マスターにとっての光に、なれているのだろうか。
私にって何もかも当たり前のことすぎて、努力している気はしない。
でも、もしかしたら、こういうのがいいのかもしれない。
無理して頑張って、FCのために、マスターのために。
そんなことを思いながら日々を過ごしていたら、疲れてしまうだろうから。
⌘
ある日、NAGIから二人、立て続けに脱退していった。
「今までお世話になりました。ありがとうございました」
「別のFCを体験してみたいと思ったから抜けるね」
そう言葉を残して、FCを去っていった。
ローランさんは、何か詳しいことを聞いているのだろうか。
そう思い、話を聞こうとしたのだが、彼女の姿がどこにもない。
普段はFCハウスのソファーがあるところに座っているのだが、そこにもいなかった。
メンバーの一人にどこに行ったか知らないかと聞くと「もしかしたらシロガネにある個人宅にいるのかもしれない」と教えてくれた。
私は、ローランさんの個人宅に向かった。
そこは、普段は人の出入りがないのか、手入れも行き届いていない状況だった。
あのような整理整頓が苦手な人だから、放置されたままなのだろう。
時間がある時にでも掃除しようかなとか思いながら、ハウスの中へと入っていく。
灯もついていない部屋の中で、の火ばちを見つめている姿があった。
パチパチと音を立てながら光を放つ。
明滅を繰り返しながら、その白い肌を照らしていた。
「やあオリヴィエ。よくここにいることが分かったね」
ローランさんは、いつもと変わらないような感じで声をかけてくれたが、その表情は優れない。
青い瞳が、少し燻んでいるように感じられた。
私は、脱退した二人について聞き出したい気持ちを抑え、ローランさんから話してくれるまで待つことにした。
この人は、そういう感じが好きなのだ。
私も、この暗がりの中で二人だけでいる雰囲気が、嫌いではなかった。
「人との別れというものは、いつまで経っても慣れることはないものだね」
幾ばくかの沈黙を破るようにして放たれた言葉は、とても悲哀に満ちていた。
きっと、多くの出会いと別れを、経験してきたのだろう。
新しい環境を求めて別のFCを探すような円満な脱退だけではないのだろう。
何も告げられないまま、気持ちを知らされないまま、自分の元を離れていった者たち。
メンバーのため、FCを守るために、やむを得ず自ら除名を命じた者たち。
気が付かないまま、いつの間にか脱退していた者たち。
そういった時間の中で、感じた気持ちの行き場はどこに向うこともできず、
感傷は少しずつ、しかして確かに心のどこかに残留していくのだ。
ローランさんが以前、言っていたことがある。
「去る者は追わず来るものは拒まず」
どこかの国のことわざだ。
自分を信じることができなくて去って行こうとしている人を引き止めない。
自分のことを信じて頼ってくる人は、どんな人でも受け入れる。
心の広さを感じられる、良い言葉だ。
自己のこだわりを捨て、他者の意志を 大切にするという意思が伝わってくる。
過ぎ去ったことを、いつまでも考えるよりも、今ここに与えられたものを大切にしようという気持ちの現れだろう。
NAGIに集うものたちは、皆自由に、それぞれが、思うように楽しんでいることがよくわかる。
加入するのも自由で、脱退するのも自由だ。
だが、そんな中で、行き場の無いどうしようもない思いを秘めながら、人知れず耐え忍ばざるを得ない者がいる。
それが、FCマスターに課せられた、唯一無二の勤めのような気がした。
そんなことを考えていた矢先、私は思いもよらぬ発言を聞いた。
「———あの時、私も一緒に連れて行って欲しかったのに」
それを聞いた瞬間、囲炉裏の火が消えたのか。
私は、深いふかい暗闇に飲まれた。
"Inconvenience called freedom" closed. ———To be continued in the end.