Character

Character

  • 0

史上最高のギターソロ100選 100位から39位

Public
米Rolling Stone誌が選ぶ「史上最高のギターソロ100選」をランキング形式で一挙紹介。50位→1位は選評を完全翻訳。

全音楽ファンよ、ギターソロを称えよ。それは現代音楽において、決して色褪せることのない偉大なる芸術形態の一つだ。栄光に満ちた6弦の爆発がもたらすスリルに勝るものはない。「Free Bird」から「Purple Rain」、「Johnny B. Goode」から「Eruption」へと至る、長く、ねじれ、終わることのないサーガ。名手による超絶技巧の速弾きもあれば、最高にラフな勢いでかき鳴らされる一撃もある。そのすべてが我々の脳裏に焼き付いて離れないものだ。

本誌が選ぶ「史上最高のギターソロ100選」は、あらゆるジャンル、世代、グルーヴが入り混じったフルボリュームのミックスリストだ。我々は歴史を縦横無尽に駆け巡り、ブルースの先駆者、ヒッピーのジャム、パンクロッカー、メタルの戦士、ファンカティアたちを再訪する。そこにはサーファー、ストーナー、スターシップ・トルーパー、そして「鋼のナイフ(steely knives:イーグルス「Hotel California」の歌詞より)も並んでいる。ジミー・ペイジ、ジェリー・ガルシア、ジミ・ヘンドリックスといった伝説的存在から、セイント・ヴィンセントやジョン・メイヤーのような熟練の弾き手、そしてGeeseやMJ・レンダーマンといった若き反逆者までを網羅した。

車の中で思わず口ずさんでしまうソロもあれば、近くにある掃除機を手に取ってエア・ギターをかき鳴らしてしまうようなソロもある。中にはシャワーを浴びながら口ずさめるものだってあるだろう(いや、馬鹿にしているわけではない。ギター崇拝は神聖な儀式なのだ)。なお、今回はジャズを対象外とし(レス・ポール&メリー・フォード「How High the Moon」はジャズ出身者によるポップ・チューンとして扱った)、インストゥルメンタル曲もいくつか選出している。

選考基準は売上やラジオの再生回数ではない。ただそこに宿る「6弦の輝き」のみだ。また、そのソロが曲を形作っているか、単にメロディラインをなぞっているだけではないか、という点も考慮した(音符の一つひとつを完璧に歌えるレベルなら、それはボーナスポイントだ)。

想像の通り、このリストを作成する際に行われた議論は「Voodoo Chile」のラスト1分よりも騒々しいものとなった。注意してほしいのは、これは「ソロ」であって「リフ」の選出ではないということ。ディープ・パープルの名曲から「Smoke on the Water」ではなく「Highway Star」が選ばれているのはそのためだ。10分以上にわたって宇宙を探索するかのように長く引き延ばされるソロもあれば、わずか数秒で衝撃を与えるものもある。だが、ギターの旅路とは、怒り、喜び、渇望、痛み、あるいはそのすべてが同時に詰まった「心の叫び」なのだ。

ここに挙げた100曲のソロの中には、後世に多大な影響を与えたカルト的な名演もあれば、あまりに万人から愛されすぎて楽器店での試奏が禁止されているような定番中の定番もある。ファンの数だけ異なるリストが存在するはずであり、それこそが重要なのだ。これはギターソロの伝統と、それに付随するあらゆる儀式への敬意の印である。さあ、ボリュームを最大まで上げよう。このリストを爆音で読み進めてほしい。

100位 AC/DC「You Shook Me All Night Long」(1980年)
99位 バディ・ガイ「Stone Crazy」(1962年)
98位 ギース「Getting Killed」(2025年)
97位 メガデス「Hangar 18」(1990年)
96位 レッド・ホット・チリ・ペッパーズ「Scar Tissue」(1999年)
95位 レス・ポール&メリー・フォード「How High the Moon」(1953年)
94位 スマッシング・パンプキンズ「Mayonaise」(1993年)
93位 コモドアーズ「Easy」(1977年)
92位 スティーヴン・マルクマス&ザ・ジックス「Share the Red」(2011年)
91位 エアロスミス「Walk This Way」(1975年)

90位 ポール・バターフィールド・ブルース・バンド「East-West」(1965年)
89位 ジェリー・ラファティー「Baker Street」(1978年)
88位 ジェネシス「Firth of Fifth」(1973年)
87位 ガールスクール「C’mon Let’s Go」(1981年)
86位 パンテラ「Cemetery Gates」(1990年)
85位 ジョン・メイヤー「Gravity」(2006年)
84位 パール・ジャム「Alive」(1991年)
83位 トーキング・ヘッズ「Born Under Punches (The Heat Goes On)」(1980年)
82位 リチャード&リンダ・トンプソン「The Calvary Cross」(1975年)
81位 MJ・レンダーマン「Knockin’」(2023年)

80位 スティーヴ・ヴァイ「For the Love of God」(1990年)
79位 イエス「Starship Trooper」(1971年)
78位 ジューダス・プリースト「Painkiller」(1990年)


77位 アルバート・キング「Crosscut Saw」(1966年)
76位 ジミー・イート・ワールド「The Middle」(2001年)
75位 カーズ「Just What I Needed」(1978年)
74位 スレイター・キニー「Let’s Call It Love」(2005年)
73位 デイル・ホーキンス「Susie-Q」(1957年)
72位 ナック「My Sharona」(1979年)
71位 ヤー・ヤー・ヤーズ「Maps」(2003年)

70位 ニルヴァーナ「Heart-Shaped Box」(1993年)
69位 フランク・ザッパ「Watermelon in Easter Hay」(1979年)
68位 アイアン・メイデン「The Trooper」(1983年)
67位 ヘリウム「XXX」(1994年)
66位 キング・サニー・アデ「Sunny Ti Die」(1974年)
65位 ディック・デイル&ザ・デルトーンズ「Misirlou」(1962年)
64位 レディオヘッド「Paranoid Android」(1997年)
63位 ボストン「More Than a Feeling」(1976年)
62位 エリック・ジョンソン「Cliffs of Dover」(1990年)

61位
Boris「Naki Kyoku」
2003年|アルバム『Akuma No Uta』

WataはBorisを「究極のヒーリング・ミュージック」と表現しており、その騒乱の中にはカタルシスを伴う美しさが宿っている。広島で育った彼女は、ピアノのレッスンを経て16歳でギターに転向した。インスピレーションの源はピンク・フロイドの『ライブ・アット・ポンペイ』だ。日本の実験的メタル・トリオ、Borisのフロントを張るアヴァン・ノイズ・ギターの巨匠として、彼女は『Feedbacker』や『Pink』といった多大な影響力を持つ名盤を次々と世に送り出し、スラッジ・メタルとサイケデリック・ロック、シューゲイザー、ドローン・ドゥームを融合させてきた。2003年の珠玉の一枚『Akuma No Uta』に収録された「Naki Kyoku」は、彼女の哀歌的な傑作だ。12分間に及ぶスローバーニングなレクイエムであるこの曲で、彼女は最初の数分間、穏やかで悲痛なイントロを奏でる。そこから一転、1986年製の黒いレスポールをMatampとOrangeのアンプで咆哮させ、脳を溶かすような全力の猛攻へと突入する。彼女はこう語る。「まだ感情になる前の、感情になっていない思いを掬い取って、音楽に変換しているんです」

60位 ブルー・オイスター・カルト「(Don’t Fear) The Reaper」(1976年)
59位 プリテンダーズ「Tattooed Love Boys」(1980年)

58位
ディープ・パープル 「Highway Star」
1972年|アルバム『Machine Head』

リッチー・ブラックモアによる「Highway Star」のリード・セクションは、わずかに軸のずれたジャズ風のフィギュアから始まり、ソウルフルで叙情的なフレーズへと構築され、やがてブルースというよりもバッハを彷彿とさせる3連符のフーガへと爆発する。このソロは、フロントマンのイアン・ギランには到達し得なかった次元で、楽曲に旋律的な深みを与えた。ブラックモアは常に、ハードロックの本質がブルース由来であることを認めつつも、自身はブルース以上にクラシック音楽からインスピレーションを得ていると公言してきた。ペンタトニック・スケールのみに頼らず、完全なハーモニック・スケールを導入するという斬新な手法は、ディープ・パープルをレッド・ツェッペリンやブラック・サバスといったプロト・メタル期のライバルたちから際立たせた。そしてそれは、同じくクラシックを深く学んだランディ・ローズやイングヴェイ・マルムスティーンといったギタリストたちの進むべき道を切り拓いたのである。

57位 ブライアン・イーノ「Baby’s on Fire」(1973年)
56位 リンク・レイ「Rumble」(1957年)
55位 ダイナソーJr.「Freak Scene」(1988年)
54位 フレディ・キング「Going Down」(1971年)
53位 エムドゥ・モクター「Afrique Victime」(2021年)
52位 フリートウッド・マック「Albatross」(1968年)
51位 ザ・バーズ「Eight Miles High」(1966年)

50位
セイント・ヴィンセント 「Rattlesnake」
2014年|アルバム『St. Vincent』

セイント・ヴィンセントことアニー・クラークは、2014年のセルフタイトル・アルバムをこの曲で幕開けさせた。西テキサスの牧場を全裸で歩いているときにガラガラヘビに遭遇した実体験を歌ったものだ。「死ぬほど怖かったわ」と彼女は本誌に語っている。楽曲自体は広々として不気味な空気を纏っているが、自身のシグネチャーモデルであるミュージックマンで奏でられるソロは、その恐怖を暴力的でスリリングな叫びへと変換している。それは開放的な自由と、差し迫った破滅の間で張り詰められているかのようだ。「私のギターヒーローの多くは、ロバート・フリップやエイドリアン・ブリュー、マーク・リボーといった『ギター・アンチヒーロー』なの」と彼女は言う。「その音に『痛み』があるからこそ、首筋の毛が逆立つような感覚を与えてくれる人たちのことよ」

49位
ソニック・ユース 「The Diamond Sea」
1995年|アルバム『Washing Machine』

ソニック・ユースが誇る二人のギター賢者、リー・ラナルドとサーストン・ムーアは、ニューヨークの初期アヴァン・パンク・シーンから常に恐れを知らぬ即興演奏家として君臨してきた。特にラナルドは根っからのデッドヘッズであり、その音楽的側面は90年代の『Washing Machine』や『A Thousand Leaves』といったアルバムで鮮やかに開花した。「The Diamond Sea」は、演奏のたびに異なる表情を見せる20分間のフリーフォームな嵐だ。「私たちは『外挿(エクストラポレーション)』という言葉をよく使った。探求のための出発点、という意味でね」とラナルドは語る。「それは極めてグレイトフル・デッド的だ。デッドに限らず、ジョン・コルトレーンやアルバート・アイラーも同じことをしていた。テーマから出発し、20分間宇宙を飛び回ってから、再び地上へ戻ってくるんだ」。デッドの「Dark Star」を再構築したことで知られるプロデューサーのジョン・オズワルドは、ソニック・ユースにも同様の魔法をかけ、32種類のライブ音源を歪ませて融合させた『Diamond Seas』のリリースを控えている。

48位
ジョー・サトリアーニ 「Surfing With the Alien」
1987年|アルバム『Surfing With the Alien』

シュレッド・ギター(速弾き)界にヨーダがいるとすれば、それは間違いなくジョー・サトリアーニだろう。彼の門下生には、スティーヴ・ヴァイ、メタリカのカーク・ハメット、テスタメントのアレックス・スコルニックといった指板のジェダイたちが名を連ねる。1987年のアルバム『Surfing With the Alien』は当時のギタリスト志望者にとって必携の一枚となり、インストゥルメンタル作品としては異例のヒットを記録した。「表題曲の録音は、その日のスタジオの退室時間が迫っていて、かなりの強行軍だったんだ」とサトリアーニは語っている。それでも彼はどこまでも冷静に、ワウペダルを駆使してギターにボーカルのような表現力を与えながら、抑制の効いた滑らかなプレイを聴かせる。曲が進むにつれ、電光石火のタッピングや軽快なネオクラシカル風のラン奏法で音の密度を上げ、彼自身が教え子たちに勝るとも劣らぬ真のマスターであることを知らしめている。

47位
ハウリン・ウルフ 「Spoonful」
1960年|シングル

ハウリン・ウルフは独自の「悪魔的なブルース」を築き上げたが、その音楽に漂う凄まじい威圧感は、恐ろしいギターサウンドを召喚する右腕ヒューバート・サムリンの存在なしにはあり得なかった。同業のギタリストたちは、最大級の畏敬の念を込めて彼の名を口にする。「ヒューバート・サムリンが大好きだ」とジミー・ペイジはかつて語った。「彼は常に、その場にふさわしい音を弾いていた」。サムリンは「Smokestack Lightning」や「Killing Floor」での不穏なリフ、そして「Spoonful」での剃刀のように鋭いソロで、ウルフの野太い唸り声に応戦した。彼がウルフに初めて会ったのは、ショウに忍び込んだ子供の頃だったが、1954年に正式なギタリストとなり、ブルース史上最もアイコニックなデュオが誕生した。「私たちは父と子のようだった。凄まじい喧嘩もしたけれどね」とサムリンは回想する。「彼に歯を叩き折られたこともあったし、私も彼の歯を折った。だが、そんなことはどうでもよかった。私たちはいつだって、すぐに元通りになったんだ」

46位
ローリング・ストーンズ 「Sympathy for the Devil」
1968年|アルバム『Beggars Banquet』

1968年、軸がぶれ始めた世界をストーンズが描き出したこの曲。キース・リチャーズによるソロは、削ぎ落とされ、控えめで、まさにシンプル・エレガンスの極致だ。最初の数フレーズの間に「間」を置く絶妙なタイミング。あのアッパーレジスターのチョーキング。そしてバンドがコーラスに戻る直前の、SOS信号のような素早い連打。楽曲の途中で突如として現れるが、決して曲そのものを覆い隠すような派手なテクニックの誇示にはならない。1969年、本誌が次作『Let It Bleed』について尋ねた際、リチャーズはボトルネック奏法を多用したことに触れ、「『Sympathy for the Devil』をやっていたとき、それに夢中になっていたんだ」と語った。その執着は実を結んだ。この悪魔的威厳(Satanic Majesty)に満ちたソロは、今なお畏怖──そして少なからぬ戦慄──を与え続けている。

45位
ヴェルヴェット・アンダーグラウンド 「I Heard Her Call My Name」
1968年|アルバム『White Light/White Heat』

1969: (L-R) Lou Reed, Sterling Morrison, John Cale and Maureen
Michael Ochs Archives/Getty Images

ヴェルヴェット・アンダーグラウンドを結成するまでに、ルー・リードはあらゆるロックンロール・リズム──ボー・ディドリーやチャック・ベリー、サーフ、ドゥーワップ、ロカビリー、R&Bまで──を極めており、どんなスタイルの音楽も、彼の手にかかれば不穏な鼓動を宿した。しかし、ヴェルヴェッツのアヴァン・パンクの金字塔『White Light/White Heat』に収録された、このフィードバックが炸裂する楽曲で、彼は真に常軌を逸した。「セシル・テイラーやオーネット・コールマンをたくさん聴いていて、あんな感じをロックンロールのフィーリングでやりたかったんだ」と、彼はフリージャズからの影響を語っている。クライマックスでリードが「そして俺の精神(マインド)が引き裂かれた!」と宣言すると、無数のノイズ・バンドを生み出すことになる狂乱のソロへと突入。スターリング・モリソン、モー・タッカー、ジョン・ケイルが叩き出す原始的なバックビートの上で、その音は暴れ狂う。ヴェルヴェッツ史上、最もラウドで卑劣、そして文字通り精神を引き裂く瞬間だ。

44位
レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン 「Killing in the Name」
1991年|アルバム『Rage Against the Machine』

レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンが一度も公の場でコンサートを行う前から、彼らの手元にはデビュー・シングル「Killing in the Name」の骨組みが揃っていた。世代を超えた決起の呼びかけとなったこの曲は、今なお彼らの代表作であり、彼らのカタログの中で唯一Spotifyでの再生回数が10億回を超えている。メインのリフは、トム・モレロが生活のためにギターの講師をしていたときに思いついたものだ。「ある青年にドロップDチューニングのやり方を教えていたんだ」と、モレロは2025年に回想している。「そのとき『ちょっと待ってくれ』となってね。小さなカセットレコーダーを取り出し、録音ボタンを押して、自分のために保存したんだ」。楽曲は、モレロが楽器をターンテーブルと融合させたかのような混沌としたギターソロで頂点に達する。このサウンドを再現する秘訣は、ワーミー・ペダルを2オクターブ上に設定することだ。

43位
ウィルコ 「Impossible Germany」
2007年|アルバム『Sky Blue Sky』

21世紀のギタリストで、ネルス・クラインほど特定のソロと結びついて語られる存在は他にいないだろう──ウィルコのライブの柱である「Impossible Germany」のソロだ。クライン自身は、このソロでのトーンがあまり好きではないと語っているが(「自分には少しトレブリー(高域が強)すぎる」とかつて述べていた)、2007年の『Sky Blue Sky』に収録されたスタジオ版の2分半に及ぶ瞑想的なトランス状態を、彼はほぼ毎晩ステージで拡張し続けている(特に啓示的な熱演としては、2024年の「ソリッド・サウンド・フェスティバル」でのバージョンが挙げられる)。シンガーソングライターのジェイ・ソムからジャム・バンドの熱狂的ファンまで、あらゆる人々がクラインのソロに魅了されてきた。その音は急降下し、飛翔し、きらめきを放ちながらも、曲の本質から遠く離れすぎることはなく、最後にはジェフ・トゥイーディとパット・サンソンが奏でるメインリフと見事に噛み合う。ウィルコのショウのハイライトとなるのも当然の、必然の名演だ。

42位
ザ・バンド 「It Makes No Difference」
1976年|アルバム『The Last

ロビー・ロバートソンによる「It Makes No Difference」のソロ、特に『ラスト・ワルツ』でのテイクは、トーンと情緒の極意を体現している。このソロはバラードの終盤を彩る。そこまではリック・ダンコの魂を揺さぶるボーカル──それ自体が圧倒的な名演だが──が楽曲を支配しており、ロバートソンはその歌声をギターで追想するように反響させる。咽び泣くような音の滝を浴びせるのではなく、彼は心に突き刺さる鋭いスタッカートを放つ。そのギターは、まるで挫け、よろめき、躓いているかのようだ。「ああ、君をこれほど愛している/それが俺にできる精一杯のことなんだ」というラインを声を振り絞って歌うダンコの姿と、その調べは痛切に重なり合う。さらに、アウトロでガース・ハドソンのサックスと並走する様も極めて重要だ。ロバートソンが失恋による「千の傷口」を代弁するなら、ハドソンはこの曲に相応しいカタルシスに満ちた慟哭を添えている。

41位
エルヴィス・プレスリー 「That’s All Right」
1954年|シングル

アーサー・“ビッグ・ボーイ”・クルーダップのジャンプ・ブルース「That’s All Right」をエルヴィス・プレスリーが加速させてカバーした1954年のバージョンは、ロックンロールのサウンドと精神を定義づける決定打となった。その偉大さの核心にあるのが、スコッティ・ムーアのギターソロだ。メンフィスのサン・スタジオでの休憩中に即興で生み出され、その場に居合わせたボス、サム・フィリップスの強い要望で録音されたエルヴィスの歌唱は、思わせぶりで活気に満ちている。ムーアはそれに呼応し、遊び心あふれるロカビリーのリックで鮮やかに応戦した。「ビル(・ブラック)がベースをパチパチと叩き始めたんだ。いい感じだったから、俺も彼らに合わせて適当なリズムを弾き始めた」とムーアは後に振り返っている。歴史を塗り替えたのは、そんな何気ない、最高に楽しい時間だった。

40位
ボニー・レイット 「Three Time Loser」
1977年|アルバム『Sweet

ウィルソン・ピケットが60年代に世に広めたこのR&Bナンバーにおいて、ボニー・レイットが踊らせるスライドギターには、芝居がかった派手さも自己陶酔も一切ない。彼女は1977年の名盤『Sweet Forgiveness』でこの曲を初めて録音して以来、ライブでの決定的な見せ場へと育て上げてきた(1989年のバージョンや、『ジュールズ・倶楽部』での活気に満ちた演奏をチェックしてほしい)。スライドソロは、急停止と急発進を繰り返すスタッカートと精密なリズムで構成されており、始まったと気づく頃にはもう終わっている。「ギターは独学だったの」と、彼女は自身の象徴的なスライド奏法について語っている。「だから手の位置は100%正しいわけじゃないし、ボトルネックをはめる指も間違っているのよ」

39位
フィッシュ 「Stash」
1995年|アルバム『A Live

フィッシュ初の公式ライブ盤『A Live One』は、彼らの代表的なレパートリーの決定演を捉えており、トレイ・アナスタシオによる激情のソロが随所で炸裂している。普段はメロディックな彼だが、この「Stash」で見せるアグレッシブで型破りなプレイは圧巻だ。曲は弦楽四重奏のような規律正しさで始まり、各メンバーが緻密なアンサンブルを構築していくが、やがてアナスタシオとキーボードのペイジ・マコーネルがその旋律を解体し始める。そしてアナスタシオが猛烈な勢いで爆発。リフレインされるリックがバンドを宇宙の深淵へと誘っていく。緊張感が極限まで高まり、空中分解寸前のカオスに陥ったかと思うと、一転してメインリフとコーラスへと鮮やかに回帰し、船を無事着陸させる。緻密な構成をあえて突き破る、この「捨て身のジャム」と濃密な相互作用こそが、インスピレーションの頂点に達したフィッシュの真骨頂である。
Comments (0)
Post a Comment

Community Wall

Recent Activity

Filter which items are to be displayed below.
* Notifications for standings updates are shared across all Worlds.
* Notifications for PvP team formations are shared for all languages.
* Notifications for free company formations are shared for all languages.

Sort by
Data Center / Home World
Primary language
Displaying