※架空のサブクエスト・エピソード妄想。二次創作小説です。
※新生エオルゼア(パッチ2.0)の6年前の話。
※配達士クエストのネタバレあり。
※捏造設定多めです。第1話第2話第3話第4話
第5話(終)
◇
カミルの案内で、俺とランドゥネルは、霊銀道士の滞在する場所へ向かった。
野原の近くまで足を進めると、何人分かのざわめきが聞こえてくる。木立の合間から、ちらちらと灯りが行き交うのも見て取れた。
「おっ、まだ逃げちゃいねェな」
「んーでも、かなり大きなテントだったのに、まだ見えない」
「それに、夜中にしちゃ騒がしいな……ちょっと上から眺めてみるか」
俺は周囲を見回して、登るのに手頃な木を品定めし、幹に手を掛ける。
樹上から観察したところ、ランドゥネルの懸念はどうやら的確だったと分かった。
折しも野原では、旅立ちの準備が進められていた。寧ろ夜逃げと呼んだ方が適切だろうか。
テントらしきものは既にないが、野原の端に大きな布が折り畳まれている。そこに、見覚えのある男――川辺で出遭った、カミルの追っ手の一人だ――が木箱を担いで近づいてきて、布の下へと木箱を押し込んだ。
物資はあそこに一纏めにされているようだ。カミルの荷物も、無事だとすればあの中だろう。
木から降り立ち、地上の二人に見た物を伝えると、ランドゥネルは張り切って、拳を固めた。
「目星が付いたなら、あとは簡単だ。俺がひと暴れして見張りを引き付けてやる。首尾良くやろうぜ!」
「相当に行動が早いから、この場で証拠を掴んで取り押さえるってのは難しいかもな。やるだけやってみるが」
俺は軽く肩を回し、カミルに視線を移す。
「じゃ、行くぞカミル」
「お、おう!」
緊張した面持ちで、カミルが返事を寄越した。
悪事の証拠はともかく、彼の荷物と彼自身の無事は確保してやりたい。
そんな気分になっているあたり、俺はどうやら今夜の短い時間のうちに、この明け透けで率直な少年の事を、随分と気に入ってしまったらしい。
◇
上体を伏せて足音を忍ばせ、荷置き場の裏手へと、ぐるりと回り込む。
半端に畳まれたテント生地が目視出来る位置まで来て、俺はカミルを制止し、口元に人差し指を立てて『静かに』と合図を送った。
しばしその場に留まって、機を窺うつもりだったが、待ちぼうけの時間はごく短かった。
いくらもしないうちに、野原を挟んだ森の向こう側から、大音声が響き渡ったのである。
「俺ァ、海雄旅団が五傑衆、“度胸”のランドゥネルッ!!なんと、森を散歩してたら偶然にも、すっげェ怪しい連中の旅支度を目撃しちまったぜ!一体何の騒ぎだァ、こんな夜中に!?」
「なんでわざわざ名乗る……」
――顔や素性を知られる人間は少ない方が良いと、先程忠告したばかりだというのに。あと、口上がとてつもなくわざとらしい。
俺はぶつぶつ零したが、今更だ。ランドゥネルに陽動作戦を担って貰った時点で、この展開は予想するべきだった。
しかしながら、陽動の効果は覿面だった。
元正規軍人も混ざっている割に、彼らの練度はそう高くないようだ。唐突に名高い傭兵集団の一員が登場し、その場の面々は大きくどよめいた。
荷造りをしていた数名が、何事かと森の方向に駆けて行き、一人は荷置き場に残って、めくれたテントの布を慌てて広げ直したりしている。
その一人へと、俺は背後から密かに忍び寄り、ハープーンの石突部分で、後頭部をごつんと叩いた。
短い悲鳴と共に倒れ込んだ男の顔へ、『睡眠の毒薬』を沁み込ませた布を押し当てる。
上手い具合に眠りに落ちた相手を、木陰へと引っ張り込んで、念のため縛り上げてから、離れた場所に待機させていたカミルを呼び寄せた。
「今嗅がせたのって、錬金薬?」
小声でカミルが訊く。
「そう。あんまりこういう乱暴なやり方は、今後の参考にするなよ」
「分かった。次ん時までに、頑張って〈リポーズ〉を覚える」
「……いや、何か違うだろそれ」
何を分かったらそんな結論に至るのか。第一、『次ん時』の機会など、そうそう訪れて欲しくはない。
ともあれ、これで多少の調査時間は確保した。
「さて、お前さんの荷物入れは、よくある麻袋なんだよな。中身は?」
「ばあちゃんの紹介状は、蝋で封した手紙だよ。あと、紐付きの革袋。これは財布で……」
淀みなく説明し始めたカミルだったが、不意に彼は言葉の途中で、はっとしたように口を噤む。
木箱類の前に屈み込んでいた俺は、すぐ傍らに立つ彼を、眉をひそめて見上げた。
「カミル?どうした?」
「……あの声が、また聞こえる」
カミルはそう口走って、周囲に鋭く視線を巡らせる。
「あの声って――ひょっとして、壺の中から聞こえたとかいう?」
「それ。オッサン、聞こえねえの?あんだけ大声で叫んだのに」
妙な話だ。俺には何も聞こえていない。
野営地でのカミルの証言とも照らし合わせるに――件の声は、カミルと霊銀道士の耳にだけ届くのだろうか。あの白昼夢と、関係があるのかどうか。
いや、今はそれよりも、その大声とやらが問題だ。カミルに聞こえたという事は、即ち……
「またミスリルをねだってたのか?」
背負ったハープーンの留め具を慎重に外して、俺は問いかける。
「違う。今度は……『また来たんだね』って」
カミルがそう、言い終えるよりも早く。
背中に悪寒が奔る。何者かの気配が、すぐそこに迫っていた。風を切る微かな音の方角へ、俺は逆さに握った銛を、振り向きもせずに突き出す。
背後から繰り出された槍の切っ先を、銛の柄が食い止めて、硬質な音を立てた。
踵を返し、武器を前方に構え直して敵の姿を視認する。
ローブ姿の、ハイランダーの男が一人。僧侶めかした服装には不釣り合いな、長大な穂先の槍を手にしている。
「オッサン!?」
「大丈夫だ、退がってな」
動転したカミルが叫ぶので、俺は努めてのんびりと声をかけて、彼を庇う形でローブの男の前に立ち塞がる。
「あんた、夢に出てきたあいつ……!霊銀道士だな!?」
ローブの男を指差して、カミルはまたも、声を張り上げた。
「こいつが?」
「現実で顔を見るのは初めてだけど」
そういえば、日中対面した時は、終始仮面をつけていたのだったか。
しかし、今し方の襲撃に、この槍。霊銀道士なる男の出自は、イウェインの推察したとおりかもしれない。
「アラミゴの元パイク兵かい?こんな所で手合わせとは、光栄っちゃ光栄だが」
俺は油断なく目を細める。かの亡国の長槍部隊は、イシュガルド、グリダニアの槍兵と並んで有名だ。
「お前は……成程、部下達の言っていた、変に手強い漁師だな。何者だ?何のつもりでここにいる」
『変に』というのが引っ掛かったが、そこはこの際受け流す事にする。
「別に、何者ってんでもない。通りすがりに関わっちまったもんでね。こいつの忘れ物を取りに来ただけだ」
軽く後ろのカミルを見遣って、俺は真正直に答えた。この局面で噓をついても仕方ない。
「ほう、親切な釣り人もいたものだ……忘れ物というのは、これらの事かな」
片手に槍を携えたまま、霊銀道士はローブの内から、一通の手紙を取り出す。
「あっそれ、ばあちゃんの紹介状……」
カミルが半歩ばかり前に進み出た。
彼の手荷物は、どうも中身を改められてしまったようだ。手紙も、開封されているのが見て取れる。
「驚いたぞ。ヘルミーネ・モルゲンロート……かの“朱銀のモルゲンロート”の息子、いや孫か」
道士の口から、大袈裟な嘆息が吐き出された。
「あの高名なソーサラーの一族が、エオルゼアに落ち延びていた事にも驚いたが。挙げ句、幻術士ギルドに媚びへつらおうとはな。誇りも矜恃も捨て去ったと見える」
「んだとっ!」
カッとなって突っかかろうとするカミルを、「こらこら」と俺は慌てて押し留める。
その様子を、道士は鼻先で嗤ってみせ、手紙をこちらへと投げ寄越した。
「こいつは返してやる。責めはしないさ、俺も似たような有り様だったからな。だが、今は違う」
道士の持つ槍の先が、畳まれたテントに伸びる。厚い布が払われ、その下から、大きな壺が姿を現した。
――あれが、例の壺か。
中に潜む何らかの存在は、俺には感じ取れないが。
「お前も目にしただろう。この壺を使えば、まじない屋の真似事が出来る。こいつはミスリルを喰らうが、その量は決して多くない。愚昧な『患者』共が壺に投げ込んだミスリルのうち、何割かは俺の取り分だ。上手く売り捌けば、一財産にはなる……」
へえ、と俺は、つい感心して相槌を打った。
この一件、道士がどうやって収入を得ているのかがずっと疑問だったが、存外、単純明快な手段だったという訳だ。
こちらの反応は気にも止めず、道士はカミルに語りかける。
「お前はアラミゴ人だろう。それも、何か特別な異能を持っていると見える。あの壺の言葉を、聞き取れるんだな?」
カミルは眉尻を吊り上げたまま、黙って頷いた。
あれは本来、壺の所持者にしか聞き取れない声なのだ、と道士は説明する。
「そこでだ。俺達と組まないか?エオルゼアの人間に、頭を下げて生きる必要はない。寧ろ連中から、好きに搾り取ってやるんだ」
「断る!」
あまりにもきっぱりと、カミルは宣言した。
「道士を名乗って病気の人を騙すなんて、絶対やりたかねえ!グリダニアでは、道士ってのは尊敬されてるんだぞ」
カミルの威勢に、道士はいささか鼻白む。しかし、彼もすぐさま反論した。
「奴らの秩序など!俺は精霊の意思とやらのせいで、この森を追われた身だ。一時のねぐらにする事すら許されず、何の恩恵も受けちゃいない。エオルゼアの文化だの不文律だの、知った事じゃないな!ましてや、この国の法なんぞで、裁かれて堪るものか!」
道士の口上に対して、カミルはふっと、怒りの表情を和らげる。
「昔、あんたと似たような事を言った奴がいたよ。おれもその時は、それでいいかもしれないって思った」
彼は俯き、消え入るような、しかしどこか絞り出すような声で、続く言葉を紡いだ。
「けど、そのせいで……おれのせいでラーラは死んじまったじゃないか」
――ラーラ?
俺は疑問を呈しかけたが、彼に口を挟むべき場面ではない気がして、道士を見据えたまま耳を傾ける。
ややあって、カミルは改めて顔を上げ、道士へと告げた。
「こんなやり方、賛成出来ない。……続ける気なら、とっ捕まえて突き出すよ。グリダニアの裁きの場に」
「――だ、そうだ」
と、俺はようやく横槍を入れる。
「言わせて貰えば、カミルが何を正しいと思ってるかに、アラミゴだのグリダニアだのは、そんな関係ないね。俺も丸っきりの流れ者だが、こうして手を貸す気になってる」
グリダニアや他の都市国家の、体制なり慣習なりに、問題がないとは言わない。俺も、イウェインも、ランドゥネルも苦い思いをした経験はあるし、詳しくは知らないが、カミルもそうなのだろう。
故郷を失い、寄る辺なく生きてきた、今は道士を騙る彼にも、同情を覚える。
それはそれとして、この場は切り抜けなくてはならない。霊銀道士の仕事に手を貸す、という選択肢以外の方法でだ。尤も、俺は勧誘すらされていないが。
道士は苛立った様子で一度舌打ちをして、すう、と槍の構えの重心を下げた。
仕掛ける気でいる。
「それなら、二度は言わんさ……この釣り人と一緒に、馬鹿な死に方をすればいい!」
殆ど予備動作もなく、長槍の一突きが目前に迫った。
俊敏で、重みもある。かなりの使い手と言えた。
俺は銛の柄で突きを受け流し、勢いに任せて相手の手元近くを弾き上げる。穂先が僅かに浮き、その隙に懐へと踏み込もうとするも、すぐさま阻まれた。体格も武器のリーチも向こうが上回っている戦いは、モンスター相手で慣れっこではあるが、厄介だ。
「オッサン!」
「え、何!?」
カミルが急に話しかけてきたので、俺は慌てて御座なりな返事を飛ばす。
「今見てのとおり取り込み中なんだが!」
「ごめんっ、でもあいつが、何か物騒な事言ってんだよ!」
「あいつって!?」
「壺の中身!」
「壺がなんだって?」
言われてみれば、『ミスリル喰い』の壺をすっかり放置していた。だがあれは、ミスリルを与えない限りただの壺で、もたらす奇跡とやらも、そう強力なものではないはずだ。
構えを解かないまま、一旦相手と距離を取った俺に、カミルが壺の発言を、そっくり伝えた。
「こう言ってる。『ミスリルはもういらない』『ワタシのモチヌシ、声を聞いてくれるヒト』『新しいモチヌシが見つかったから』――」
喋りながらも、カミルは怪訝な表情になる。
「――『オマエはもういらない』」
奇妙な物音がした。
魔力とゼンマイ仕掛けで動く、玩具の人形の類いに近い音だ。
音の方を振り向くと、あの壺があった。
壺の縁に、手が見える。三本指で、白金を思わせる金属製である。
一体何が、と目を凝らした時には、既にそれは壺から飛び出していた。
俺は目を瞠った。いくら大きな壺といっても、あんな、コボルト族の成人程もある物が納まるはずはない。融通の利く柔軟な体躯にも見えない。何しろ、全身が白く輝く金属で出来ている。
おおまかなフォルムは、蛙を想起させたが、何とも名状し難い。悪戯好きの器用な子供が、高価な魔法人形をめちゃくちゃに改造したかのような外見だった。
「なっ、何だこれは!?」
真っ先にそう声を上げたのは、あろうことか、霊銀道士である。
「あんたの餌付けしてた代物だろうが」
と、俺は思わず冷淡に文句をつけたが、残念な事に、それが彼との最後の会話になってしまった。
壺から飛び出した金属の人形――『ミスリル喰い』は、やはり蛙によく似た動きで、驚く程の跳躍を見せ、道士の身体に取りつく。そして躊躇なく、缶切りでこじ開けられたようないびつな口を開いて、首筋に齧りついた。
呆気にとられる俺達の前で、噛みつかれた道士が悲鳴を上げ、その声は数秒と経たないうちに、ぶつりと途絶えた。
道士の身体が地面に倒れる。
それきり、彼は動かなくなった。外傷もなく、まるで脱ぎ捨てられた衣服のように、力なく横たわっている。
「……なあカミル」
「なに?」
俺の呼びかけに、カミルは硬い声で応じた。
「あいつ、まだ何か言ってるかい?」
「また『ちょうだい』って言ってる」
何を?――もうミスリルではないだろう、恐らく。
『ミスリル喰い』の首がきりきりと180度回り、こちらと目を合わせた。
悪い夢にでも出てきそうな情景だ。
「あー……一度、離脱するぞ。お祖母ちゃんの手紙持ったか?」
「も、持ってる」
「んじゃ、走れっ!」
言うなり、くるりと踵を返し、カミルの肩口を引っ攫う勢いで駆け出す。
耳障りな金属音が、すぐ後ろを追いかけてくるのが分かった。
全く、目まぐるしい夜もあったものだ。
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第5話につづく>