「残光」
あのころは楽しかったんだ。
拡張パッケージを俺はわくわくして買って帰って、そんな仲間がカンパニーに大勢居たんだ。
今じゃマスターすら居ねぇ。挨拶する相手が居ねぇ。
俺が静かなハウスのあるじだ。
RP店というのは、変な物好きがやる趣味だと思っていた。
でもこの前俺がFC勧誘に失敗した相手が言っていた。RP店に行くとフレが増えるって。
だから数軒行ってみたんだが、俺には会話に参加するスキルが無かった。
それで、俺は――この時何を考えたんだろう。自分の店を開いた。
見よう見まね以下で揃えたバーカウンター。
いいかげんに書いた募集文。
三十分ほど経ったが誰も来ねぇ。
そして愛想笑いのモチベも失せたころに、そいつはやって来た。
「こんばんは! おじゃまします~」
妙に機嫌のいいララフェル族だった。
「……いらっしゃい」
だれた俺には胸焼けしそうなほどにまで。
ちょいとカウンター席に掛けると、そいつはこっちの出方をうかがっていた。
いつものように、俺のことなんてすぐ察してしまったのだろう。
彼女はコミュニケーションのスタイルを大きく崩して言った。
「なぁ、お前さ」
「……なんだよ?」
急な口調の変化に俺は少々驚いた。
「接客飽きてるだろ。仕方ないなぁ」
御名答。今夜の俺は仕方ないやつそのものだった。
「たぶんRP店開くの始めてでしょ?」
パーティ募集をよく見る彼女は、店の事情を知っていた。
「お客なんて、自分自身と一緒で気ままな物さ。気ままに待つのが一番」
そんな事を言いつつも、こいつは足繁く俺の様子を見に来てくれるのだが。
三日目の営業日も、同じ席にこいつはちゃんと居た。
名前はKarenと言うらしい。
可憐な乙女にはぴったりなんだと。そうは思わないが。
俺のことはクロちゃんとかクロ坊とか言ってくる。本当はClaude(クロード)だ。
今日は接客のコツについて解説された。
こいつの説明は聞きやすい。
「覚えやすいキャラ付けして、乗りやすい話振って楽しく友達増やせばいいよ」
そういうことらしい。
だが知識として覚えても、慣れないことはなかなか実践できないものだ。
それを充分わかっている彼女は、俺のいらっしゃいに続けて初めての他の客に言った。
「こっちは店長のクロちゃん! 不器用だけど面白いヤツだよw」
俺はひとまず、そういうキャラになった。軟着陸だ。
それからカレンはよくこう続ける。
「クロちゃんはフレンドやFCメンバー増やしたいんだってさ。カワイソウにw」
といっても俺以外の――客たちにとっても今の14は静かな時期である。
そう、コンテンツの隙間のいわゆるナギの期間だ。
わりと皆同調してくれてフレンドは増えていった。
気づけば俺のエオルゼアには、再び暖かな光が差していた。
ある日の閉店後。いつもの様に二人で話していた時だ。
カレンは今日も酒を飲んで俺に少々からんでいる。
実はこれがいつもの楽しい時間なのだが。
彼女は少し遠くを見るような顔をしていた。
「私もさ、むかーしRP店やってたんだよ」
彼女の慣れ具合からは納得だが、初めて聞いた話だった。
「皆、元気してるかな。今はどこにいるのかな」
彼女はつぶやきを続ける。
「バーテンやってくれてた彼、好きだったなぁ。本当」
それは愛着という意味なのだろうか。それとも――
俺の中にはそっと複雑な思いが芽生えた。
やがて彼女は、こちらを向いて俺をじっと見た。
「でも、今はクロちゃんが居るからいいか。――大事なオモチャがさ!」
けらけら楽しそうに笑った。
彼女が笑うなら、今はオモチャでも良いと思った。
またある時には、彼女は俺に変わったことを言った。
「私さ――どうも目が悪いみたいなんだよね」
「頭だけじゃないんだな」
俺には軽口しか言えん。
それをカレンはあっさり流す。
「そのうち手術するかもしんない。そしたら暫くインできないねー」
そんときゃさっさと帰ってこいよ。なんて俺はいいかげんな言葉をかけたんだ。
しばらくのち、カレンは数日店に顔を出さなかった。
用事かカゼか、それとも手術になったのか。俺は軽く心配した。
数週間、カレンは来ない。
指定席は空いたまま。俺は少々寂しかった。
三か月目。まだカレンは来ない。
それから――今もまだ来ない。
たしか彼女はある時言っていた。
「打たれ弱いクロちゃんに、オンラインの秘訣を一つ教えてあげよう」
いつものように少し酒の入った様子で。
「オンラインの別れはね、相手は今もどこかで元気に冒険してるんだよ」
それはリアルかもしれないし、どこかの世界で。
「あるいは、君の記憶の中でね」
店を閉めて一息つき、俺は今夜も誰か別人の座っていたあの元指定席に目を向ける。
そして残された光に思いを馳せるのだ。
今日営業の供にしたのは、彼女の愛した銘柄の洋酒だ。
喉を通るとじんわりと芯のある温もりが伝わる。
教わった沢山の言葉の中には――まだ充分飲み込めずにいる物も多数ある。
それはゆっくりと俺に響いている。
彼女が残した様々な笑顔とともに。