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Juliette Blancheneige

The Meat Shield

Alexander [Gaia]

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『After all』(5)

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5-1

「まず、私のことを話しておくわ」
 三人は奇妙な“反転する空間”から、ヘカーテのテレポで、簡易エーテライトが設置された彼女の部屋へと移動した。それから、ヘカーテは二人に話し始めた。
「“私”の本当の名は、セレーネ・デュカキス。ヘカーテ・イーヴィスは、『本当の世界』において、私の従姉だった人の名前」
「え!」
 リリが驚き、座ったばかりの椅子から思わず腰を浮かせる。それを片手で戻しながら、ラヤ・オは先を促した。
「それで? これからはあんたのこともセレーネと呼べばいいの?」
「ううん。今まで通りヘカーテで。『この世界』においては、セレーネは“あの子”の名前だから。私はセレーネとは名乗れない」
 少しだけ間を置いてから、ヘカーテは喋り始めた。
「私はアムダプールの国家公認白魔道士。『本当の世界』の今が当時からどれくらい経ったか知らないけれど、私が過去の人間であることは間違いないでしょう」
「ええ。千五百年以上経っているわ」
「……そんなに」
 ヘカーテは目を閉じた。
「これから話すことは、『本当の世界』……あなたたちが元々存在していて、私も千五百年前に生きていた、エオルゼアでの出来事。魔大戦末期の話――」

§

 セレーネ・デュカキスは、潔斎待ちの講師としてアイ・ハヌム学園に戻ってきていた。
 魔大戦末期。マハの猛攻の前に、アムダプールはあちこちで敗北と撤退を繰り返していた。
 そんな折の戦線離脱は気が退けたが、『妖異を倒し、異界の扉を破壊し――闇属性のエーテルを一定以上浴びた白魔道士は潔斎を受けなければならない』――当時主流派になりつつあった『純潔派』の教義は覆すことが難しかった。
 数年ぶりの学園。明るく前向きな生徒たちに、凄惨な戦いで倦んでいたセレーネの心は癒された。
 だが、戦況を告げることは禁止されている。
 不安を抱きながらも前向きであろうとする生徒たちと交流するセレーネ。
 その生活は、『継承の儀』を目前にしたある冬の日に崩れ去った。

 マハによる侵攻が、ついにアイ・ハヌムへと及んだのだ。

 首都アムダプールへの、妖異ディアボロスの投入と同時に行われた大規模侵攻。数多くの妖異がアイ・ハヌムに出現し、多くの命が失われた。
 母校を護るために戦ったセレーネは、ディアボロスの眷属エンプーサと対決し――相打ちとなった。
 エンプーサは肉体を失い、セレーネへと憑依する。
 傷つき、抗する力を失っていたセレーネは、自らへ封印の術をかけた。
 誰かが自分ごとエンプーサを倒してくれることを祈って。

 それから長い時が過ぎる。封印時にすでに瀕死であった彼女の肉体も尽きたが、封印術の効果もあり、その魂はエンプーサごとソウルクリスタルと共にあった。

§

「アイ・ハヌム全体を覆うような封印をしたの?」
 ラヤ・オの問いに、ヘカーテは首を振った。
「死にそうだった私にできたのは、自分の肉体を封印することくらいだよ」
「……なるほど。てことは、その後に誰かがアイ・ハヌムに封印を施したんだわ。破壊され、廃墟となった場所を、わざわざ……」
「どういうこと?」
 リリがヘカーテに説明する。助けを求める『声』を頼りに探索した結果、森に沈んだ遺跡を見つけたこと、それはおそらく五年前の第七霊災まではずっと隠されていたらしいということ。
「……それが影響したのね。だから、私の施した封印も突然緩んだ」
 ヘカーテが続けて言う。

§

 封印が緩み、魂ごと封じられ時を越えたセレーネとエンプーサも意識を取り戻すことになった。
 わずかに早く覚醒したエンプーサは脱出を図り、セレーネの魂に介入した。夢魔たる彼女はその本領を発揮し、悪夢を見せることでセレーネの心を壊そうとする。
 彼女が最も幸せなとき、学園時代の夢。
 それを、『少女時代の彼女が学園にいる間にマハ侵攻が起きる』という悪夢へと改変する。

 結果的に、セレーネはそれを防げなかった。
 悪夢の中で妖異に殺され、心を傷つけられ、しかしなおも彼女はエンプーサを捕らえ続けた。 

 そのとき、セレーネもエンプーサも予期しない奇妙なことが起こった。
 二度目の夢は、圧倒的な現実感を伴っていた。
 精緻に再現されたアイ・ハヌム。学園都市に、セレーネの学生時代の級友たちや教師たちが暮らす。夢と言うにはあまりにも詳細で広大な世界。
 エンプーサの魔力だけで成したこととは当然思えなかった。
 だが、危機的状況なのは変わらない。
 それらを俯瞰して状況確認できたのは、二度目の夢で殺されたあとだった。
 対策が立てられそうなのは三回目の『ループ』が始まる前の今しかない。始まってしまえば、自分の意識は夢に取り込まれて、少女時代の自分に戻ってしまう。
 そこで。
 考えた末、セレーネは己も夢に介入することにした。取り込まれたあとに逆らえなくても、夢の中の物語に乗ることは可能なのではないか。
 賭けだったが、この試みは成功した。
 『卒業生で、潔斎のために戻ってきた白魔道士』ヘカーテ・イーヴィスとして、彼女はアイ・ハヌムに登場することができた。
 しかし、夢の筋書きを大きく変更することはできなかった。
 ヘカーテとして戦争の危機を訴えてみたり、アイ・ハヌムから生徒たちを逃がそうとしてみたり、幾度かのループの中で彼女が試みたことはすべて失敗した。
 夢の中に潜むエンプーサを探し、やっと『世界の裏側』の存在に辿り着いたものの、もはや彼女の魂自身が、もう夢の世界の破壊に耐えられそうになかった。前回のループから、『元の世界の記憶』を保持し続けることが難しくなった。
 ……このままでは。
 私の魂がもたない。

 軋む彼女の心が、叫びとなって放たれたのが――リリとラヤ・オが聴いた“声”だったのだ。

§

「……そんなことが……」
 リリが呻いた。
「それで、あたしたちも、この『夢の世界』に囚われた、ってわけね……」
「ええ。だけど、それがどういう結果を生むかなんて、私も分かってなかった。まさか、こんなことになるなんてね」
 ヘカーテは肩をすくめてから、ラヤ・オを見た。
「私とあなたには、共に過ごした記憶がある。即席で込められたとは思えない、『この世界』での記憶が」
「……ええ」
 ラヤ・オは頷いた。ヘカーテと共に机を並べ、切磋琢磨した記憶。夜中まで喋り寮監の教師に怒られたり、喧嘩をしたり、ともに笑い合った記憶。
「これが即席だなんて、信じられない。――リリも、そうでしょ」
「はい」
 リリも同意した。
「入学してから、セレーネと出会って、友達になって……この三年間の記憶が、偽りだなんて思えません」
「……これがどういう仕組みで成り立っているのかは分からない。ひょっとしたら、あなたたちは体ごとこの世界に取り込まれていて、『本当の世界』ではもう十年以上の時が流れているのかもしれない」
 リリも、ラヤ・オも表情を曇らせた。
 それは、いやだ。けれど、それを否定してみたところで、自分たちが『この世界』で過ごしてきた実感が消えることはないのだ。
「だとしても」
 ラヤ・オが俯いていた顔を上げる。
「エンプーサを解き放つわけにはいかないわ。そいつを倒すために、あたしたちに助けを求めたわけでしょ? やってやろうじゃないの!」
 片手で作った拳を、もう片方の掌に打ち付ける。
「……相変わらず武闘派だよね」
 ヘカーテが苦笑した。リリがくすくすと笑った。
「なによ、あんたまで」
「ごめんなさい。でも、不思議で。元の世界のわたしは、『三重の幻術皇』ラヤ・オ・センナ様がそんな荒っぽい方だって存じ上げなくって。でも、『アイ・ハヌムの講師』ラヤ・オ先生なら、当然そう言うだろうな、って。どっちも同時に思えるのが、とても不思議で――面白くて」
 リリの言葉に、ラヤ・オは肩をすくめた。
「確かにね。こっちのあたしのほうが色々経験してて、なにより年上なんだもん。びっくりしちゃう」
 ふうん、と感心してから、ヘカーテが言った。
「『幻術皇』……偉いのね、ラヤ・オ」
「そうよ? 敬いなさいよ」
 丸切り無視して、ヘカーテが言葉を継ぐ。
「こっちでもいいとこのお嬢だったよね」
「うん」
 元の素性は、この世界の『設定』に影響を与えているのだろうか。
「……それは羽目を外すよねえ。うんうん。色々経験したよね」
「ちょっ……何言って」
 ラヤ・オが真っ赤になって慌てる。黙らせようと掴みかかる前に、
「色々ってなんですか!?」
「わぁ!」
 リリがすかさず割って入った。目がきらきらしている。
 にやにや笑いながら腕組みし脚を組んだヘカーテが言う。
「あーこいつはねえ」
「こらぁあ! 子供に言うことじゃないから!」
「大丈夫ですわたしあっちでは人妻ですよ! 割と赤裸々トークもイケるほうです! さあ!」
「あああこいつめんどくさい!」
「あはははは!」
 手を叩いて大笑いするヘカーテ。リリに迫られたラヤ・オが怒鳴る。
「笑いごとかぁ!」
 そのとき。
 朝の四点鍾が鳴った。日が明ける前の早い時間だが、学園においてはここからが“朝”だ。ここからは一時間ごとに鐘が鳴り時を知らせる。
「しまった」
 ヘカーテは慌てて立ち上がると、ベッドの隅に転がっていた鞄から黒い手のひら大の石を二人に渡した。
「これ持ってて」
「……黒水晶ですか?」
「言い忘れてたけど、『夢の外の記憶』がある状態は、夜の間だけ。朝……だいたい五点鍾くらいになると、強制的に『夢の外の記憶』は封じられてしまうの」
「それ……まずいわね」
 顔を曇らせるラヤ・オに、ヘカーテが頷く。
「うん。だから、前回のループが終わったところでこれ作った。これは、夜になって一定時間経つと自動で発動して、『夢の外の記憶』を呼び出してくれる。私用に作ったモノだから、二人に効くかは未知数だけど、持ってないよりましでしょ」
「はい、助かります」
 リリが礼をする。微笑みを返したヘカーテは、ああそれから、と付け加えた。
「これは、ループから外れた時も『夢の外の記憶』を呼び覚まして示唆してくれる。元々ループを回避しようとして、それまでのループの記録をするために作ったの。まあ、細かい差異まで記録できてないから、あくまで大きい流れだけね」
「わかったわ。――リリ、部屋までこっそり戻れる?」
「はい、可能です」
「よし。じゃあ、コレが機能するなら、また今日の夜に。中庭集合ってことにしましょ」
 ラヤ・オがそう言って、この場は解散となった。
 
 リリはこっそりと部屋に戻った。セレーネには気付かれなかった。むにゃむにゃと寝言なのか唸り声なのか分からない音を立てながら、セレーネが寝返りを打つ。
「……一番、幸せだったときの、記憶、か」
 指でそっと頬を撫でる。
 小さく、けれど決然と、リリはセレーネに囁いた。
「必ず。――必ず護るからね」

5-2

 黒水晶は、リリとラヤ・オに対してもきちんと作用した。
 その夜、三人は予定通り中庭で集合し、『世界の裏側』へと侵入した。裏側への入り口はリリが発見した。ヘカーテでさえ気付けない歪みを、リリは見抜いてみせた。
「……すごい。私一人だと、夜の間に歪みを見つけきれない事さえあったのに」
 ヘカーテが賞賛する。自分でもなぜそんなことができるのか、よく分からない。
 かくして、三人は『世界の裏側』を探索した。
 この疑似世界の舞台裏、あるいは予備。世界に破綻が発生したとき、区域ごと入れ替えて『物語』を続行させる。そういう場所のように思われたが、正解は分からなかった。
「……エンプーサがあんたに見せた『夢』。それをベースにした、同じ物語を繰り返す舞台装置」
 ラヤ・オが『世界の裏側』を見渡しながら言った。
「あんたでもエンプーサでもない、別の“何か”がこれを創っているのは、もう疑いようがないわね」
「そうね……」
「心当たりはないの?」
 溜息をついて、ヘカーテが肩をすくめる。
「ぜんぜん。……ただ」
 ヘカーテは指を顎に当てた。眉根を寄せる。
「私が最後にエンプーサと相打ちになったのは……大聖堂なのよね。あそこには、学園長とその取り巻きしか入れない場所がいっぱいあったから……」
「あー……たしかに」
 ラヤ・オが首を振る。アイ・ハヌムの卒業生たちは基本的に『純潔派』の教えを受けて育つが、正式な教徒ではない。いわゆる『外陣』ということだ。『内陣』――正式に入教すること――へ進んだ者でなければ、明かされない教義があるとは聞いている。
 首都アムダプールの白魔道士の塔と並び、『純潔派』の本山であるアイ・ハヌムの大聖堂には、『内陣』の者でなければ入れない場所が数多く存在していた。
「この『世界の裏側』の大聖堂って……」
 リリが疑問を口にするが、ヘカーテが首を振った。
「無いの」
「え?」
「ここを発見した当初、真っ先に向かったわ。けど、そこには白く光る壁があるだけで、大聖堂の手前でこの『世界の裏側』は途切れているの」
 壁はそこだけではなく、学園の敷地を取り囲むように存在していた。この『世界の裏側』は、学園の敷地の内側にしか存在しないようだ。
「むしろ怪しい気がするわね」
 ラヤ・オの言葉にヘカーテが頷く。
「そうは思うんだけどね。――行くだけ行ってみる?」
「ええ」
「はい」

 結果として、壁から得られるものは何もなかった。
 光の壁は不可侵の存在として、三人の攻撃魔法も防いだ。
「くっそ……」
 腹立ちまぎれにラヤ・オが壁を蹴る。
「――でも、この壁の向こう……大聖堂側にエンプーサがいるとは思えませんね」
 リリの指摘に、ラヤ・オが首を傾げた。
「どうして?」
「そちら側にいるなら、……こうしてこちら側へ干渉することも不可能ではないでしょうか」
 言いながら、リリが構えた。黒い人影が、染み出るように湧いてきていた。
「なるほどね」

 黒い人影を撃破しながら、三人は探索を続けた。
 人影は、現れれば確実にヘカーテを狙う。
 そのことも、この『裏側』のどこかに妖異エンプーサが潜んでいる証左のように感じられた。
 しかし。
 
 エンプーサを発見できないまま、十数日が経過していた。

5-3

「……どこいくの」
 着替えようとしたリリに、ベッドの中からセレーネが声を掛けた。
 しまった。できるだけ素っ気なく振る舞うことにする。
「ちょっとね。体を動かしにいこうかと思って」
「……」
 セレーネがリリを見つめる。少し泣きそうな顔をしている。

 今日は朝からずっと様子がおかしかった。顔を曇らせがちで、いつも以上にリリの傍にいようとする。
 肉体的に具合が悪いわけではない。
 何かあったのかと問うても、わからない、と首を振るだけだった。
 極めつけは、就寝時だ。
「一緒に寝て」
 そう言って、セレーネはリリの手を引いた。今までなかったことだ。
 あまりに気弱なセレーネを見てリリも不安になった。いいよ、と言って二人で就寝し――そこで、黒水晶がリリの記憶を覚醒させた。
 普段通りのセレーネなら、一度寝てしまえば朝まで起きない。
 しかし、今日は違った。寝ていなかったのかもしれない。

「すぐ戻るよ」
 軽く言ったリリに、セレーネが首を振った。
「やだ」
 泣きそうな彼女ももとに戻る。どうした? と言いかけたところで、セレーネが抱き着いてきた。
「怖い」
「……何が?」
「わかんない。でも、すごく不安で……一人でいたくない」
 すでに涙声だ。
 ――これはだめだな。
 優先すべきはセレーネだ。
「わかった。いかない」
 抱きしめ返すと、そのままベッドに倒れ込んだ。
「その代わり、ちゃんと寝なさいよ?」
「……うん」
 縋りついてくるセレーネの体は細かく震えている。――何かを、感じ取っているのだろう。
 髪を指に絡めて、ゆっくりと頭を撫でる。しばらくすると、徐々に呼吸が落ち着いていくのがわかった。
 やがて、セレーネの身体から力が抜けた。規則正しい寝息がする。普段ならとっくに寝ている時間なのだ。安心すれば寝るのだろうと思っていた。
 抜け出そうと思えばすぐにできたが、リリはしばらくそのまま寝顔を見つめていた。
「――――――」
 不意に、セレーネが呟いた。寝言だと分かっていても、リリはその言葉に息を呑んだ。

「おそかったじゃない!」
 中庭で、ラヤ・オとヘカーテが待ち受けていた。すいません、と謝罪しながら駆け寄る。 
「……セレーネが、すごく不安になっています」
「あの子が?」
 手短に経過を説明する。ヘカーテが眉を顰めた。
「それで遅くなったんですが、眠った後に、こう呟いたんです。――『死にたくない』って」
「……!」
 ラヤ・オもヘカーテも、目を見張った。
「夢に取り込まれているセレーネの魂が、もう限界なのかもしれません」
 俯いて額に手を当て、ヘカーテが呻いた。
「……かもしれない。私は、言ってみればセレーネ本体から切り離された分身みたいなものだから、本体のコンディションはループが終わった時しか確認できない。今現在の彼女の状況は、この夢の世界の彼女を見ることでしか把握できないわ」
「じゃあ」
「終わりが近い、ってことね」
 ラヤ・オの言葉に、ヘカーテは厳しい面持ちで頷いた。
「ええ。エンプーサが、どう仕掛けてくるか……」

5-4

 異変はすぐに訪れた。
 翌日の、ラヤ・オの授業中だった。
 突然教室の扉が開け放たれ、教師たちが入ってきた。教師たちは皆武装しており、普段は警備を担当している衛士たちを引き連れてきていた。衛士たちの持っている武器は普段の長い警棒ではなく、槍や剣。――刃の付いた、本物の武器だ。
 驚き声を上げる生徒たち。
「何事なの!?」
 声を上げるラヤ・オと席上のリリは、忍ばせている黒水晶の力で記憶を回復させていた。――つまり、これはループ外の出来事。
「ラヤ・オ・センナ。リリ・ミュトラ。両名を拘束します」
 先頭に立つ、学園長補佐の教師が厳しい声で告げた。衛士たちが進み出る。言葉の内容と衛士たちの武器を見て、生徒たちが慌てふためいた。
「――どういうことです!? 説明を要求します!」
 不当な告発に激昂する、という素振りを見せながら、ラヤ・オは素早くリリのほうを見る。リリは立ちあがっているが、腕にしがみついてくるセレーネも一緒に立たせている。――よし。
「貴方たち両名は、マハへの内通者であるという疑い……いいえ、確証があります」
 教師が言い切る。
 生徒たちが今まで以上に激しく動揺する。嘘だ! と声を上げたのはゼクシウスか、クセノポンか。他にも疑義を示した生徒が多数いたが、衛士は彼らにも武器を向けた。
「静粛に。妨害者は協力者と看做します」
「生徒に武器を向けるな!」
 教師の無情な警告に、ラヤ・オが叫んだ。壇上から走り降りようとして、衛士たちに武器を向けられる。別の教師がラヤ・オを拘束しようとして、押し合いになった。
「お前はこっちにこい」
 衛士がリリに槍を向ける。生徒たちが反射的にリリ――と、セレーネ――の周りから引く。衛士を見たまま、リリはセレーネに囁いた。
「セレーネ。……一緒に来て」
「うん」
 即答だった。今の一言で、セレーネが自分を信じてくれていることがわかった。今更か、とリリは内心で自惚れた。セレーネの手を握る。強く握り返される。
「来い!」
 衛士がリリの肩を掴もうとしたとき、リリとセレーネは全く同時に迅速魔で詠唱を破棄し、全く同時に魔法――ホーリーを唱えた。
「ぅあッ!」
 衛士たちが光に撃たれ硬直する。ほとんど同じタイミングでラヤ・オもホーリーで囲みを抜けている。三人は振り返ることなく、教室を抜け出した。
 
 校舎を出たところで、三人は衛士と教師たちに囲まれる。人数がおかしい。衛士はともかく、教師たちはここまで多くないはずだ。
「エンプーサが干渉してんでしょ!」
「だとしたら、逆に引っ張り出せるかもしれませんね!」
 叫びながら、敵の攻撃を躱す。詠唱中の教師をセスタスを装備したリリが殴り、衛士たちをセレーネとラヤ・オが吹き飛ばしていく。
 しかし、数が多い。移動しながら三、四十人は倒したはずだが、さらに増援が向かってくる。
「ヘカーテのやつ、大丈夫かしら!?」
 ラヤ・オが親友の名を口にした時、向かってくる援軍の一団が一斉に崩れ落ちた。ヘカーテのアサイズだ。
「こっちへ!」
 ヘカーテが叫ぶ。反対側から襲い掛かってきた衛士たちをラヤ・オが防ぐ。
「あんたたちは先に合流なさい!」
 促され、二人はヘカーテの方へ向かう。横合いから斬りかかってきた衛士をリリが受け止め、蹴り返す。その間に、セレーネが先行した。
 その瞬間、リリは見た。
 ヘカーテの、胸から。
 忽然と、異形の腕が生えた。
 腕は――刃のような長大な爪でセレーネを貫こうとしている。
「さぁせるかぁ!!」
 渾身の力を込めて、リリは地を蹴った。もはや手を引くような余裕は無い。予想外のことに硬直しているセレーネを、体当たりで突き飛ばした。
「――!!」
 爪が。
 リリの胸を突き刺した。
「リリ……!!」
 爪は素早く抜かれ、引き戻される。血が流れた。
 全身を硬直させ、眼を見開いたまま動きを縫われているヘカーテの胸から、赤黒い靄に包まれた、人の上半身の型をした何かが突き出ていた。
 それは唯一はっきりと実体化していた腕を収縮させると、爪に付いた血を舐め取った。
「ふふ……っ」
 靄が薄れ、よりはっきりとした人型となる。女だ。光沢のある黒い皮膚の、スレンダーな女の上半身。ただし、二つの腕は異常に長く、手首から先は巨大な鎌になっている。
「勘のいい女だなァ」
 嘲りに顔を歪めて、女が笑った。
 目を見開いたまま、ヘカーテが声を絞り出した。
「……エンプーサ……!」
「ああそうさ、妖異エンプーサ、満を持してこの下らない『物語』に登場さァ!」
 エンプーサが青い髪を振り乱して笑った。それから、すっと目を細め、舌なめずりをした。
「ボクが来たんだ。もう、このお話はおしまいだよ」

『After all』(6)へ続く
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