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何気ない日常をひと昔の文体で書いてみたかった日記

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惰眠を貪っていた。
もちろん、ログインはしっぱなしである。
どうせ過密サーバでは無いのだから構うまいと、疲労を感じていた私は座椅子を倒して目を瞑ったが早いか、直(す)ぐに白河夜船に乗ってしまったのだ。

いざ宵闇が訪れると眠れないのに、転寝(うたたね)となったらすっと無意識の底の底に落ちてしまう。
蓋し、太陽が敵なのだ。
あの放射熱の温もりが私を横倒しにしてしまう。
では夜は? あの夜はなぜ私を寝かせないのか?
事に依ると、彼女は不見転(みせのおんな)であり、夜もすがら私の覚醒を求めるからなのかもしれぬ――無論詰まらぬ妄想である。

いつまで眠っていたか解らない。
私はうつらうつらと此岸(うつつ)と彼岸(ゆめ)を行ったり来たりしていたが、何かの拍子で此方(こちら)側に振り子が振れたその須臾に、エイヤと意を決して発条(バネ)の如く跳ね起きた。
いくら凪節だからと云って、いつまでも海都に「私」を放置して置く訳にもいくまいという思いがあった。
私は半ば惚けた頭のまま、緩緩とマーケットボードの前に向かうと、鍛冶師の製作手帳を開いた。
LV70までの全ての製作物は作った。後は、LV80~90を作れば、蒐集癖は満たされる。

素材を一通り揃えて、いざ鋳造、となったその時、見知った橙色の名前が目に入った。
「Hi, Maro.」
会うのは暫くぶりだが、十年一日と云った風に気軽に話しかけてくる。

私はこうして――特に異国人と会話する時――手前味噌ではあるが、自ら名付けたこの名前に好印象を持つ。
「まろ」という愛称が、言語の音象徴的に、角がなく丸い、穏やかなムードを与えるが故である。
喩えば、これが「ガヅギ」とかいう名だったならどうだ。きっとそれはゴツゴツした、人当たりの強そうな人物像を連想させるに違いない。
この意味で、名前だけで良い先入観を相手に抱かせるのは、極めて強い優位性があると云えると思う。

尤も、この名前は私が発案した物でもなければ、世にあって正しい物でもない。
というのも、国粋主義的な思想を持った私の父が、敬愛していた大日本帝國軍陸軍大将・乃木希典を、「まれすけ」でなく「まろすけ」と誤読していたのを借用したからだ。骨以外何一つ遺さなかった父の、せめてもの遺物を、私は身に付けている。

さて、私に話しかけてきた彼は、濠太剌利(オーストラリア)の朋友である。
かつては共に零式に挑み、固定活動PTとして同じ釜の飯を食った戦友のひとりでもある。

「最近どうだい」

縦令(たとい)英語でも久闊を叙する時の言葉は同じだ。
私がライトヘビー級零式4を漸く踏破した事を伝えると、そのまま取り留めもない炉辺談話が始まった。
何気ない日常的な問答の重ね合わせ――しかし、得てしてそういった場所にこそ驚愕の内容が含まれているのが世の習いなのだ。

彼は、最近発売されたゲーム『黒神話:悟空』が面白いと語った。
そして、かつてこの日本で、「悟空」が主人公のTVドラマが放送されていた事も。
訴求対象が全世界である米国のTVドラマとは違い、日本のそれは主に国内内需を狙っている(いた)と云って構うまい。

インターネットがあるとは云え、日本の国産ドラマを豪人が知っているという、只これだけで一驚を喫するべきであるが、彼が話したのは、リメイク版の『西遊記』では無く、1978年に放映されていたオリジナル版の――ややもすると半世紀近く昔の――昭和版『西遊記』だったのである。
彼の正確な年齢は杳(よう)として知らずだが、恐らく三〇代。直撃年代では無い。
その上、彼は、そのOPソング、『Monkey Magic』を気に入ったと云う。

日本国内でミリオンセラーを記録した名曲だから、日本人が聞いて良い曲だと評するのは概ね自然と云えよう。
だが、豪人の彼の場合、時代と文化を超越している訳だから、驚き桃の木山椒の木の実をもぎって市場で売りに出したい位だ。
サアサア、ここに並べたるは世にも奇妙な珍味、「驚愕」で御座います――。

しかし、ここで私は思い直した。
よくよく深慮したならば、我々日本人とてビートルズを初めとした一昔前の洋楽を嗜むのだから、摂理に反してはいないではないか。
私自身音楽に明るくはないが、人口に膾炙した曲は、おしなべて不朽なのかもしれない。
きっと、人間が滅びてしまった後も、名曲は名曲として残り続けるのだ――喩え、誰もそれを聞かずとも。

『Monkey Magic』には、
With little bit of the monkey magic, you'll see fireworks tonight
ちょっとしたモンキーマジックで、今夜花火が見えるだろう。

という歌詞がある。
どうやら、私たちは半世紀近く経った今でも、孫悟空に「無窮」というMagicを見せられているのかもしれぬ。
そんな妄想を一頻(ひとしき)りして、更なる雑談に興じた後、私はかの豪人と別れた。
今日は何だかもう十分楽しんだ。鍛冶師の製作手帳を埋めるのはまた今度だと思い、此度はきちんとログアウトすると、私は京極夏彦著『鉄鼠の檻』を手に取った。

その時、思い付く。
何気ない日常を彼の文体で書いたならどうだろうか。
屹度(きっと)執筆し甲斐があるに違いない。
いいね!も閲覧数も期待はできないだろうが、之ばっかりは仕方ない。思い付いてしまったのだから。
私は『鉄鼠の檻』を本棚に戻すと、今度は、キーボードをカタカタと叩き始めた。
Lodestoneの日記のページを開いて、書き出しをしばし思案する。
文頭は、そう、「惰眠を貪っていた」としよう――。
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