Hana Nagi
Unicorn [Meteor]
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●エメトセルク
古代編最後のイベントシーン、ヴェーネスの歩みとハーデス戦直前でエメトセルクが見た幻影が重なるカットがありましたが、エメトセルクが幻視した相手はアゼム、ってことで良いのかな?
魂の色と立ち振る舞いから、直前に一瞬だけかつての親友であるアゼムの姿を重ね合わせているんですよね。
あのカットはヴェーネス → アゼム → ヒカセンへとヴェーネスの願いが受け継がれている、という解釈でいいんでしょうか。
●ヒュトロダエウス
漆黒での話や月での邂逅から、ヒカセンを応援してくれる理由が魂の色以外に何かあるのでは、と思っていたのですが基本的にはそういう感じでは無さそうですね。
古代人の中でも群を抜く「魂の視認能力」を持つため、幻影(アーモロート)、本物の魂(月面)のいずれの状況であっても、アゼムと同じ魂の輝きを持つヒカセンを一目で見抜き、親愛と信頼をもって後押ししてくれる。
●ヒカセン帰還後の古代人の流れ
ヒュペルボレアでの記憶改編を受けた3人については
ヘルメス:
メーティオン暴走事故という改編された記憶を受け入れつつも、己の根底にある疑問は解消されず。
重い喪失感と違和感を抱えたままファダニエルの座に就任。後に終末が訪れた際、委員会の一員としてゾディアークを召喚して過去への回帰を目指す立場になるが、自身は「人に生きる価値があるか」の疑問を抱え続ける。
エメトセルクとヒュトロダエウス:
エルピスでの出来事を「メーティオン暴走事故」として処理。歴史の整合性が保たれる形で元のタイムラインへ合流。
という感じでしょうか。この記憶改編があるからヒカセンの過去干渉の影響が最小限になっている感じ。
ヴェーネスだけは記憶を保持したまま「終末の真相」(デュナミスによる生命の変質)を踏まえ、
パニックを防ぐため少数精鋭で極秘に対処するも決定的な解決には至らず一度目の終末を迎える、と。
終末を迎え古代人達が2つに分かれて衝突することになった理由は
委員会派:
苦痛や死を受け入れられず、ゾディアークへ生命を捧げ続けて「かつての幸福な楽園」を取り戻そうと過去に固執した。おそらくは多数派?
ヴェーネス派:
苦難のない完成された古代人のままでは、メーティオンがもたらす絶望に対抗できないとして反発。
という解釈。
●メーティオンが絶望に呑まれた理由
これはX上の複数のリプで教えてもらってなるほど、となったのですが、
そもそもエンテレケイアとして宇宙探索に向かった時点で詰んでいたのでは、という話。
メーティオンの姉妹機たちが宇宙に飛び立つ際、行き先をどう決めたかがはっきりわかってませんが、
そもそもエーテルが満ちている生命体の周りではデュナミスが阻害されるため、エーテルを取り扱えないメーティオンはうまく行っている文明を検知しにくい、もっと言うとできないんでしょうか。
その結果エーテルの影響が薄い(死や滅びに向かっている)かつ強いデュナミス(負の感情)を放つ星に引き寄せられてしまった。
もしくはアーテリスで観測した文明のありそうな星へ向かうにしても、宇宙規模になると観測した情報=はるか遠い過去の情報であり、到着した時点ですでに滅んでいる・もしくは滅びに向かっている最中だった。
そこで観測できる事実や残っているデュナミス(残留思念的な?)にエンテレケイアであるメーティオンは強く影響されてしまった。
どちらにしても結果として姉妹機達は強烈な負の感情が渦巻く星にばかり到達してしまった、と。
さらにメーティオン自体は何かしらの意識共有ネットワークを持っており、姉妹機達の影響をリアルタイムで共有。
強すぎる負のデュナミスに耐えきれなくなったメーティオンはどうせ何にもならないならさっさと終わらせてあげよう、という結論を出す、という...ツラい...
●ラザハンの教えとヴェーネスの思想
これは古代編とはちょっと違うのですが、月から戻ったあとのラザハン、パーラカの里のエピソードで出てくる下記神々の教え。
産まれし者よ聞け。
生とはただ美しきものにあらず。
生ける者は苦痛を知り、災難を知り、絶望を知る。
あらゆる辛苦は降りかかり続ける。
焼けた道を行けど褒章はなく、
道の傍らにはいつも、死が口を開いている。
それらはお前を恐れさせ、嘆かせ、苛み、悩ませるだろう。
だが、目を閉じてはならぬ。
かくのごとき生を見据えよ。
お前を打ちのめしている辛苦は、
しかし、お前を弱くはしていない。
ひとつひとつが焼けた鉄に振り下ろされる鎚に似て
お前を強き剣と成すだろう。
この教えが出てくるシーンがどちらもアツい。特にマトシャのシーン。
帝国に突入して以降ずーーーーーーーっとシンドいシーンが続く中でも一番くらいシンドいシーンだけど、同時にこの教えを発しながら恐怖に耐え、託されたものを守ろうとするマトシャの姿に涙腺が爆発しました。
特に
お前を打ちのめしている辛苦は、
しかし、お前を弱くはしていない。
この部分がものすごくアツい。名シーンすぎる。
で、この教えのもとになった「神々」の根源は多分ヴェーネスの思想ですよね。
メーティオンに対抗するために残した「人のあるべき精神性」が形を変えて民間信仰として根付いたものと考えると、ヴェーネスの想いがマトシャを奮い立たせた感じになってとてもアツい。
個人的解釈ですが、ヴェーネスが求める「人の強さ」とは苦難を排するのではなく、「苦難に見舞われてもなお乗り越える精神性」が軸なんじゃないかと思います。
古代人は「苦難のない楽園」を作り上げ、それゆえに一度発生した終末がもたらす突然の不幸や死を受け入れられず、絶望に脆かった。
苦難を最初から排除してしまうと、いざ巨大な絶望(≒メーティオンの負のデュナミス)に襲われた際、対抗する術(心の靭性やデュナミスを駆動させる強い想い)を持てなくなっていた。
また、古代人のようにエーテルが強すぎると、デュナミスを扱うことも受容することもできない。世界を14に分割して個としての強度を下げたことで、人がデュナミスを扱える可能性が出てくる。
寿命があり、不完全で、日々苦難や絶望に直面しうる存在へと変えることで、「辛苦を打ち破り、前へ歩む精神的な強さ(鎚で打たれて強くなる剣)」を人に育ませようとした...というのがヴェーネスの願いなのでしょうか。