7.0から1年が経ち、色んなコンテンツが増えましたが、今はナギ節、というところでしょうか。
最近で言えばPW作成が開始されてひと段落、始まったのにひと段落というのもおかしな言い回しですが、ハムスターのようにコンテンツを回すのも落ち着いてきたころ。コスモエクスプローラーは始まったばかりで、ギャザクラの人達は忙しいのかもしれませんが、一つ落ち着いたころなのかな、と。それらを除けば動きのある事はあまりないのかな。来週までは。
ナギ節だから、でしょうかね。怪しげな日記を開いてしまわれる方がいr)`ν゜)・;'
折角開いていただいたのにそんなこと冗談でも言ってはいけませんね、ごめんなさい。
さて、なぜナギ節があるのか?は色々ありますし知りませんが色々言われてきたと思いますので置いておくとして、少なくとも楽しいと思う期間が過ぎてしまった、というのは一つではないか、と思うわけですが...
”
楽しい”、とはなんでしょうか?
そんなの今日日AIに聞けばいい、ですかね。昔はggr(ryといったものですが。
きっと彼らは”探求と発見”、”成長と達成感”、”コミュニティと交流”、というに違いません。
だってGeminiはそういってたしね AIがどうとか冗談はさておき、いくつもある答えの中の一つであると言えるでしょう。ナギ節は訪れるのはパッチの合間ですが、それは新しいクエスト、といった
探求や発見が終わり、新しいIDやレイドをこなす達成感と成長が減るから、が一つ言えると思いますし、それが”楽しさ”である、というのは頷ける話だと思います。
楽しくないこともくっついてきますけどね、それはさておき。遊ぶコンテンツがあってこそ、ですね。
(゚々。)o 0 O あ、結局ナギ節ってなんだ、を語ってるなぁ...まぁいっか。 では3つ目の、
コミュニティとの交流、とは何か?さてなんでしょう?
色々出てくると思いますが、手短なところにある言葉を選ぶと、人と一緒に何かする、でしょうか。これもまた色々なパターンがあると思います。FCやLS、固定といった”決められた集団”や、CFやPT募集、イベントなどの”不特定な集団との関り”、枚挙に暇がないのでこれくらいにするとして少なくともFF14を遊ぶにあたり、
人との関りが発生しているのは少なからず遠からず、と思います。
もちろん、一匹狼している人もいますし、それはそれで否定もしません。が0にすることは難しいと
思います。
などと言っていると、楽しい、というのはコンテンツとコミュニティの2つで出来ている、というのが
ひとつ解として得られたかと思います。いかがでしょうか。
特に後者、先ほど述べたように”誰かと遊ぶことが出来る”というのは最も重要な要素の一つであると同時に、それがコンテンツのクリアなどに繋がっていることを踏まえて1歩踏み込めば、他者と/他者に協力することを求められる、と言っても差し支えないかもしれません。
これがつまらない、を形作っているものであるとも思います。人によっては苦痛、とさえ感じるかもしれませんね。
一緒に遊ぶことがつまらない?むしろ苦痛?
おかしいですねぇ、一緒に遊ぶことが楽しい、を語っているのに、”つまらない”が出てきました(´々、)
ではここで言葉遊びをしてみましょう。
これが楽しい、を形作っているものであるとも思います。人によっては幸せ、とさえ感じるかもしれませんね。(苦痛の対義語は安楽だとか快楽らしいですが、なんだか・・・ので幸せ、と) おかしくないですね。そうなんです。
楽しい/つまらない、は”他者と/他者に協力して遊ぶ”が形作っているこうも言えるということは、どちらも同じところから発生する表裏一体のもの、と言えるといっても過言ではないでしょう。もちろんコンテンツも楽しくないものは楽しくないですが、誰かと一緒に何かする、が発生する以上、こちらのほうがウェイトは重いものだと考えています。
では、この誰かと一緒に遊ぶ、がどうやって我々を楽しくして、つまらなくするのか?
折角ですのでここはひとつ、難しく考えてみるのはいかがでしょうか?(´々、)
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後半へ 続く
「他者と/他者に協力して遊ぶ」が楽しさ/つまらなさにどう関係があるかを理解するため
まずはこの要素を分解し、構造を理解したいと思います。
<他者>
ルレ等で当たる個人もあれば、FCやLSといった集団もあり、それぞれ特徴があります。そういった様々な意味を考慮し、個別の「人」というよりも「コミュニティ」という枠組みを当てはめることができるかと思います。
単に人でも大丈夫だと思いますが、今回は人と人々で織りなす集団をまとめて、コミュニティ、として話を進めたいと思います。
<遊ぶ>
これはIDやアチーブメントなど、システムで用意されたものを消化する、ということになると思います。ただ消化する、といってもクリアするだけにとどまらず、そこで得られるレアアイテムや称号の入手、ダンジョンをクリアするためのプレイスキルの習得、と幅広く言うことができます。それらをまとめて「コンテンツ」という言葉にします。
改めて、我々が遊ぶこの世界は「コンテンツ」と「コミュニティ」の2つで形作られている、と言えるかと思います。同じことを言ったのだから当た前か(゚々。)
これを踏まえたうえで、どうやって楽しさ/つまらなさを生み出しているかとなりますが、”遊ぶ”のところで述べた、 ”コンテンツを消化する”ことによる、と言えるでしょう。難しいダンジョンをクリアする過程が楽しかった、人によっては、0.0001%のカーdレアなアイテムが出てそれまでの苦労が報われた、そんな経験があるのではないでしょうか。
余談としてつまらない、を挟むと、0.1%まで削って時間切れで泣いた、とか、経験値効率が0.3%/hなのに凡ミスで死んでやる気がなくなった、とか、PKされて放り出された装備を持ってかれて辞めた、とか、でしょうか。
更に話を進めて、消化されたコンテンツ、即ちそこでの目標を達成されたコンテンツはどうなるかというと、一つの断面で捉えると、基本的にはもう行かなくなりますよね。ここではこれを”消費”ということにします。これはコンテンツだけでなく人、コミュニティにも当てはめることができるのではないかと思います。それは飽きです。何度もやると飽きてくる、はあるかと思います。消費という言葉に言い換えるならば、”コミュニティのやる気の消費”でしょうか。
この”消費”ですが、コンテンツをクリアしていく、というループにある以上、避けて通れない行為であり、様々な人が、様々な形で行って、楽しさ/つまらなさが発生している、と言っても大きな間違いではないでしょう。
ここまでねじ込んでくると、楽しさ/つまらなさはコンテンツを消費することで発生し、同時にコミュニティもコンテンツ消費と共に消費される、と難しい言葉に置き換えられるかと思います。その消費の度合、というものにフォーカスして言えば、コンテンツの内容で異なることはプレイヤー皆さんならわかるかと思いますが、コミュニティ、すなわち人の振る舞いによっても、違いが生まれる、と言えるのではないでしょうか。