1回長文を書きたくて
どうせなら
Maxの10000文字ぴったりにしたかったのですが
書きたいことは
6428文字で書き終わってしまいました
私はFF14について
色んなことを考えながら遊んでるので
ほかの人も色々考えて遊んでる
という情報も好きなわけです
例えば
今日ぶつかった裁縫師レベル53ジョブクエの難度の壁は
ぶつかって当たり前の壁であったとか
ゾティアックウェポンという名前や大変さからいって
すっげー強そうなのに
いつの間にか集まってる詩学で
エーテライトから徒歩0分で交換してもらえるガーロンド装備より弱いのー?
みたいなビックリが
MMORPGではよくあることだったとか
ほかの人も同じ経験をしてるなら
自分は変じゃなかったと安心できて良いし
逆に
自分だけであってほしい遊び方は
ほかの人がしてないことを確認したいわけです
(しばりプレイとか)
そんな理由から
ほかの人の日記も
流れてくれば読む習慣になったわけです
そしたら
同じ話題が何度もループしてることに気づいたわけです
「予習をすべきか、しないべきか」
という話の頻度が高いです
それに付随する議論も
出尽くしてる感があります
- 予習してこないのはおかしい
- 予習する前提になってるのはおかしい、変えたい、変えてほしい
- 予習しないにしても、戦闘開始前に一言あるべき
- 一言すらいらない。マナーがある時点で自由でない
- 初めてのID、蛮神くらいは予習しないと怖い
- 絶以外は予習なしでいい
- ネタバレは見たくないが、トラブルが怖いので予習するしかない
書いてる人は毎回異なり
病的な人が何度も主張してるわけではなく
FF14を遊んでる人は
たいていこの2択を迫られる
ということだと思います
日記を持ってる人のみが
不満を日記に吐き出し
ログが流れていくので
また次の人が同じことを書くのループです
読む側にとってはマンネリでも
書く側にとっては
書かずにいられないわけです
ただ思ったのは
議論のための視座が少ない
ということです
例えば
- 予習するかしないか
- 良いか悪いか
という二元論
これは誰だって思いつく
その2択を抜け出して
どっちも良い面も悪い面もある
と相対化した上での
「どの程度なら許されるか」という
程度問題に着地させるアプローチ
これは
- 調整する
- 落としどころを探る
と呼ばれる行動で
大人ほど
ほかで効果があった経験から
FF14にも持ち込めば解決するのでは……と提案する流れ
これも当たり前の思考順序
しかしこれは正解のようでいて
実際には
不満を持ちながら
妥協して遊ぶという
ハンチョウ的にいえば
最もヘタッピなバランスを選んでしまってるわけです
ゲームはもっと救われてないといけない
と考えることもできます
ネタバレとどう向き合うかは
プレイヤーごとに葛藤があり
プレイヤーごとに出す結論は違うけど
「自分の出した結論が正解であってほしい」と願う心理がある上に
「自分はネタバレされるのを諦めて予習してるのに
予習しないでいられる立場をキープするのはずるい」と感じるのも自然なので
派閥を形成するインセンティブが充分にあり
結論が1つに収束することは
有限時間内には起こらないでしょう
パーティー全員が「予習すると決断した人」である確率は
条件付き確率であり
「1人目が予習しない人でない」 x 「2人目が予習しない人でない」 x ...
の掛け算を3回(レイドなら7回)突破しないと満たせません
仮に予習する人が大半だったとしても
予習しない人が20%でやってくるならば
4人パーティーでは
約50%の確率で予習しない人が混じり
8人パーティーでは約80%です
さらに
予習するかを決める暇すらなかった新規プレイヤー
もマッチングされるわけですから
FF14が売れれば売れるほど
予習した人だけで行ける確率は下がります
運営としては新規が増えてほしいわけで
新規が来ないほど嬉しい
と既存プレイヤーが思ってしまうだけならまだしも
口にしたら戦争だろうが……っ
なわけです
不満の表明だけでなく
啓蒙してる日記もありました
皆で予習しないでいようよと啓蒙することで
「自身の出した結論と異なるプレイヤーと出会う確率」が下がるかは未知ですが
下がったとしても
めったに出会わなくなったらなったで
逆にたまに出会うと
目立ってムカつくようになるのも心理であり
そういう逆効果だった失敗経験を経ていないと
確率を下げることに意味があるはず、と誤解してしまうわけです
啓蒙という行動に出るということは
そのプレイヤーの中での理想のFF14があって
現在はそれと異なる偏った状態
という評価を済ませてることになります
そして偏りを是正することが
そのプレイヤーの精神衛生上の得につながるわけですが
我欲を是としない日本では
全体の利益のために主張してるのだ
というオブラートに
無意識に包んだような文体になるのも定番です
男子が掃除してくれません的な
クラスの委員長文体です (好き)
このような対立構造に
運営がナタを振るって解決しては
どちらかに味方したという印象を持たれるので
自治に任せて
そのうちデファクトスタンダードに収束するのを待つ
ということしかできないわけです
視座を1つしか持たない
つまり知ってる世界の狭い人ばかりでは
議論はここで行き詰まりで
多数決をしてでも無理やり結論を出すことになります
そこまでして総意を決めたとしても
プレイヤーがほかのプレイヤーの思考や行動を制御することは
良い悪い以前に不可能なので
溜飲を下げるための、議論のための議論でしかなく
有効性がありません
現実はセカイ系ではないので
絶対的な履行力というのは存在せず
他人に行動や変化を要求する願いは
基本的に叶わないわけです
それを予定外と捉えず
ミスマッチなので次に行けばいい
とか
もう他人に期待しない、なんて云わないよ絶対
とか
そうやって割り切れる人もいるし
割り切れずモヤモヤして
引退する人もいるわけです
引退したくなかったとしたら
1つの悲劇です
割り切れないタイプの人の中では
自身が一方的な被害者になってるかもしれませんが
実際には
自身の願いに他人を巻き込もうとして失敗した
加害者の面もあるのがややしいわけです
願う自由はあるけど
願うだけで止めておかず
啓蒙して
願いが叶うことまで期待すると
青い鳥症候群で不幸になってく1歩目なわけです
それが2つ目の悲劇です
さらにややこしいことに
FF14が長く続くためのベストなバランスは
「色んなタイプの人がいること」であって
予習するタイプの人ばかりになるのも
予習しないタイプの人ばかりになるのも
人類が今のところ気づいてる
普遍的な法則に当てはめると誤りであり
自身の主張はFF14の寿命を縮める方向である
ということに気づいてないとしたら
それが3番目の悲劇です
本人としては頑張って啓蒙したのに
実効性が無かったという結果で挫折するわけですが
そのログも流れ
また新しい人が同じミスをループさせる
古参の人ほど
そーゆー第○霊災みたいな繰り返しを見て
その不毛さに
諦めの境地に至ってるのかもと思ったわけです
日記以上に運営の目に入るフォーラムですら
この件が新生開始時から解決してない理由は
これが各プレイヤーの
心の関わる衝突であり
心の問題に
運営は立ち入れないからだと思うわけです
1つの日記をきっかけに
突然解決する確率はニアリーゼロなので
書くメリットは
自己満足以外にありません
ただ
全プレイヤーでは解決しなくても
個人としてだけ解決し
全く不満を持たなくて済む心理状態にするテクはあります
4つの視座を
紹介してみます
1. リスク管理的なアプローチ
2. 演劇的なアプローチ
3. 法的なアプローチ
4. 哲学的なアプローチ
知らないことは想像できないわけで
古来からの叡智を知り
それらの生み出した解決方法をFF14に適用することで
狙い通り
不満をゼロにすることは可能でした
いくらクラフターだからといって
車輪の再製作をする必要はなく
巨大グゥーブーの肩に乗って眺めれば良かったのです
4つはすべてメタ的な視点です
- すべきか、すべきでないか
- 良いか、悪いか
- 怒られたらどうしよう
みたいな感情を見下ろす
1階層上からの視点なので
感情と無縁でいられるものです
1. リスク管理的なアプローチ
不満、我慢などネガティブな感情を持つことを
リスクと考えれば
リスク管理のテクを適用できます
リスク管理は
- ダメージがでかいので、ゼロを目指すか
- ダメージが小さいので、完全に無視するか
- そのバランスを探るか
の3択
日記に書くほどってことは
実はすごくダメージを負ってるのに
自覚がないパターンかもしれません
ネタバレに関する価値観の合わない人とパーティーになってしまう
というリスクをゼロにするには
IDや蛮神に行くのに
CFを使わず
FCを使うことです
コミュニティファインダーで
「初見」をキーワードに検索し
募集してるところに
コンセプトに賛同したと云って入ることです
ハンチョウの糖質ダイエットの回のセリフに例えると
CFで探し続ける行動は
似た遊び方の人が集うための
FCという仕組みが用意されているのに
FCで探すという
最優先の課題を避けているだけ……っ
私はこのアプローチを選んだことで
予習したい……という誘惑を
鉄の意思ではねのけているプレイヤー達がいることを知りました
超える力も禁止して
極蛮神やバハムートで連敗するほど
次こそやってやんよー的に熱くなってくマスター達に
FF14にも……体育会系があった……?
とビビったものの
実際にそうやって深夜にクリアできたので
実はFF14って
少年漫画の努力型主人公みたいな体験ができる
手段なのでは……と関心しました
2. 演劇的なアプローチ
自分を演劇部だと思うことです
プレイヤーはプレイヤー
FF14の中で動いてる主人公は主人公
プレイヤーと主人公の感情を混ぜないことです
主人公を生暖かく見守る
親のような視座から
ゲーム内での出来事を見るわけです
予習をしないことで
チャットで不満を云われてるのは
主人公であってプレイヤーじゃない
プレイヤーは予習して
主人公に教えてあげたいけど
干渉できない神のポジションなのでスマヌ
という態度です
その結果
ほかのプレイヤーの効率は最大にはならないでしょうが
主人公が成長すれば解決しますし
成長しなかったら
それはそれで
そういうロールであり
ロールプレイングゲームでロールプレイをして何が悪い
という歴史的な後ろ盾を信じれば良いわけです
3. 法的なアプローチ
FF14について
- プレイヤーの義務
- プレイヤーの権利
だけを重視するアプローチ
義務や権利と無関係の要求は
感情論で済ませる
義務について考えてみると
ほかのプレイヤーの効率を最大にしてあげる義務は誰にもないわけです
プレイヤーの義務はスクエニとの間の契約だけであり
プレイヤー間での契約はしてません
なので
ちょっとの要求ですら「過大な要求」となるかは
云われた側の胸先三寸です
権利について考えてみると
初見の楽しさは
推理の楽しさなので
新鮮さを味わえる権利ともいえます
この権利を行使せず自ら捨てることもできるけど
捨てるとそのID、討伐については2度と手に入らない貴重な権利なわけです
予習してないことを責める行動は
仮にFF14を知らない人が仲裁に入ったとしたら
義務を負ってない他人に
権利を捨てろと要求してる
異常な図なわけで
どっちもどっちは成立しません
他人に迷惑をかける権利はあるのか
といえば
FF14内ではあるわけです
公共の場でないし
日本国の法律上は何の問題もない
運営が問題化させないなら
問題は存在すらしてないわけで
実際、問題化させたくないから
問題化させてないわけです
対立側を悪と決めつけない様子に憤(いきどお)って
迷惑をかける自由があるなら
迷惑をかけられたぶん
自分も迷惑をかけさせてもらう
と開き直ってもいいし
そういう価値観が主流の国もあるわけで
人類共通の常識じゃないし
せっかくエオルゼアなのだし
好きにすれば良いと思うわけです
私は好きにした
君らも好きにしろ
を実践してるといえば
FF14との親和性が高いかもしれません
4. 哲学的なアプローチ
ここまでは
メタ的な視座といっても
プレイヤー目線でしたが
このアプローチは
プレイヤー視点ですらありません
運営視点でもない
FF14というゲーム自身は
どんな遊び方をされたいと思ってるだろうか?
と考え
それを尊重するという視点です
演奏家が複数いる場合に
むちゃくちゃ高いヴァイオリンを誰が弾くべきか?
というお題に対する答えとして
全員が弾きたがって結論が出ないから
ヴァイオリンに決めてもらおうという発想があります
ヴァイオリンは演奏してもらうために生まれてきたもので
綺麗な音を出してもらったほうが
ヴァイオリン自身も喜ぶはずだ
と思うなら
1番上手な人に渡すのが正解
その発想を
FF14に適用するとこうなります
FF14はプレイヤーに楽しんでもらいたいと思ってる
楽しんでもらうことがゲームの存在意義
運営の用意した楽しみ方もあるけど
偶然生まれた遊び方でも
楽しいならFF14は喜ぶ
効率的に遊ぶと楽しいと感じるプレイヤーなら
そうやって楽しむことをFF14は拒否しない
うちのFF14は効率的にクリアしてほしがってるんだ
という設定にすればいい
ネタバレ無しの推理を楽しいと感じるプレイヤーも
FF14は拒否しない
うちのFF14は
インターネットのない時代のFFのように
時間を掛けて攻略してほしいと思ってるんだ
という設定にすればいい
この視座ならば
あくまで各プレイヤーと
その人の買ったFF14との
1対1の関係がたくさんあるだけであって
ほかのプレイヤーの遊び方に
いちいち興味がなくなります
そうなんだ、じゃあ私生徒会行くね
の境地です
以上
4つの視座のどれか1つでも良いし
4つすべてを持っててもいいのですが
知らなければ
考えることもできないので
情報だけ紹介してみたわけです
ギスギスとは
片方がギスと感じても
もう片方がギスと感じなければ成立せず
存在しないことになります
メタ的な視座を持てば
自身がギスと感じないので
ギスギスは生まれません
それを押し付けられるほかのプレイヤーはギスのままですが
それでもギスギスよりはマシと考えることもでき
むしろギスギスが生まれないために
貢献してるとも考えることすらできるわけです
どっちの人になってもいいわけですが
どうせならギスを感じない側になったほうが
ストレスから開放されて得だと思うわけです
というわけで
入るのだ……
ララフェルでのロールプレイ教に入るのダ……
目覚めよっ