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━━ご主人様が愛した人の命日がやってきました。
陽が傾き、ラベンダーベッドの草花がオレンジ色に染まる夕焼け。
ご主人様が仕事で居ない窓辺に差し込む西日。部屋に飾ってあるウェディングドレスは三年前と変わらず純白で、装飾も美しいままです。
「(ローザよ。そなたの願い、今叶えよう)」
突然、マナの声がどこからともなく心に響くと、私の体が真っ白なやわらかい光に包まれました。光が大きくなり、ヒトの形になると、光は弱まり消えました。
「あ……」
思わず声が出ます。見える景色がいつもと違う。床の木目が遠い、天井の照明が近い。
私は思わず近くの鏡を覗きこみました。私の姿は、桜の花びらのようなピンク色の長い髪の女性になっていたのです。凛とした整った眉、二重の大きな瞳。白い頬に触れると、指先にしっとりとした肌の感触が伝わってきます。
「この人が、ご主人様の愛した人━━ローザ」
ヒトと同じように言葉を発せられる自分のことよりも、ご主人様がいつも話してくれた、そのイメージ通りの優しげなミッドランダーの女性の姿の自分に驚いていました。
私は恐る恐るウェディングドレスに袖を通しました。高鳴る胸の鼓動が部屋に反響しているかのよう。
もうすぐ、ご主人様が大工の仕事を終え、帰ってくる時間━━
玄関のドアが開く音がしました。
いつものように私に声をかけるためにリビングへと顔を出すご主人様。
「ただいま。ローザ。……!?」
ご主人様は私の姿を見るなり、目を大きくあけて、絶句しました。
「……セシル……おかえりなさい……」
私が勇気をだして声を発すると、ご主人様は私の存在を疑いました。
「……僕は……夢を見ているのか……? 君は……君は一体……」
私は精一杯微笑み、ご主人様に一歩近づき見つめます。
「私よ……。天国の神様にお願いしてね、ほんの少しだけ会いに来ることが許されたの……」
「嘘だ! そんなことがあるわけが……!」
動揺を隠せないご主人様。私は自身の胸に手を当てゆっくりと言いました。
「ねぇセシル……覚えてる……?」
私は、ご主人様が毎日話してくれた彼女の思い出の数々をいくつも、いくつも並べていきました。
初めて出会った日のこと。
二人のお気に入りの場所。
お互いの好きな歌。
大好物の手料理。
ささいなことで大喧嘩したあの日のことさえも━━
彼女とご主人様しか知るはずのない思い出を私が鮮明に口にする度に、ご主人様の目から涙が溢れては、溢れては、キラキラと頬を濡らします。
「まさか……! こんなことが! ああ……本当に……君なんだね……!」
「ええ、そう私よ、ローザよ……!!」
「……!」
ご主人様は、私に駆け寄って、ウェディングドレス姿の細い体をきつく抱きしめてくれました。
私はご主人様の胸の温もりを感じながら、伝えます。
「セシル、これから二人で結婚式をしよう。あの日の夢を叶えよう。ラベンダーベッドの『ウェディングハウス』で……!」
━━フォレストウェディングハウス。
ここラベンダーベッドにある小さな結婚式場。ご主人様も大工として建設に関わった思い入れのある場所。
太陽が見えなくなった薄紫の夜空の下。
ご主人様と二人で、神聖な雰囲気のガーデンチャペルがある庭を通り、白を貴重とした建物の入り口の扉をそっと開けました。
すると黒髪のミコッテと琥珀色の髪のミコッテが両手を広げ、笑顔で迎えてくれました。その背景に見える室内は、輝く星のような照明に照らされ、石壁もパーティーテーブルもきらびやかに見えます。
「ようこそ! ウェディングハウスへ!」
「待ってたじぇ……ごほん! お待ちしておりましたー!」
「さぁさ、あちらの着替え部屋で、タキシードにお着替えくださいませ」と黒髪のミコッテがご主人様を案内し、琥珀色の髪のミコッテが部屋の奥のドアを開けます。
ご主人様の案内を済ませ、着替え部屋から出て来た二人が、ニクとピノということはすぐに解りました。
二人が扉を閉めたあと、私は小さな声で尋ねます。
「ニク! ピノ! どうしてヒトの姿に……!?」
「えへへ! あたしのこの姿、どぉ? 綺麗だろぉ?」とドレス姿のニクが、得意気に髪をかきあげてポーズを取りました。
その隣で清楚な神父服をまとったピノが嬉しそうに微笑みます。
「あの後、私たちもマナの木にお願いしに行ったんだ。ローザの力になりたいって」
「うんうん、そうだじぇ。ピノの主人の家もあたしの主人の家もセシルの旦那に立派な家を建ててもらったし━━なにより……あの日モンスターに襲われてるあたしらを見つけて、助けてくれた命の恩人のローザとセシルの旦那のために何かしたかったんだじぇ」
二人の言葉に思わず嬉し涙がこぼれます。
「ニク、ピノ、ありがとう……! 一度きりの願いごとを私なんかのために……」
ピノが首を横に振って、私の両手を握ります。
「んーん、ずっとずっとお礼をしたかったんだ、ローザ」
「えへへ。マナ様もなんか嬉しそうだったじぇ?」とニクがその日のことを思い出しながら話しました━━
━━マナの大樹の麓。
「……珍しいこともあるものじゃ。揃いも揃って自分のことではなく、他人のために願いごとをするとはの。気に入ったぞ。ほんの少しだが、妾からの贈り物じゃ。特別な服と知識をそなたらに与えようぞ━━」
━━ご主人様が白いタキシード姿になり着替え部屋から出てきました。
「では、チャペルへ参りましょう。私が神父を勤めさせて頂きます」
神父姿のピノがご主人様をチャペルの中へと導いていきました。
ニクがポンポンと胸をたたいて、私にアピールします。
「いつもは、字も譜面も読めないけどさ、マナ様が、ピノに神父の知識を、あたしにピアニストの知識をくれたんだじぇ!心の準備ができたらチャペルの扉を開けて入ってきてくれよぉ!」
私は小さくうなづきました。
溢れそうな想い。
はち切れそうな鼓動。
たくさんたくさん伝えたいことがあるんだ。ご主人様……!
私の大好きな━━セシル……!
チャペルの扉をゆっくりと開けると、ピアノの旋律が一直線の赤い絨毯の上に、広がるように流れはじめました。
ご主人様がヴァージンロードの先で私を待っています。その優しいまなざしに包まれながら、一歩、また一歩、ゆっくりと、ゆっくりと踏み締めるように進みます。
ご主人様、今、私は貴方の愛した人と同じように、美しく、清楚に、上手に歩けてるかな…?
ねぇ、ご主人様。
私たち猫はね、ヒトの十分の一も生きられないこともある寿命の短い生き物。だけど、実はね、心の成長はヒトよりも凄く早いの。
だからね、弱くて小さな体で、いつまでも子供みたいだけど、ヒトよりもたくさんたくさん一日の大切さを、命の貴重さを感じているんだよ。
キマグレに見えることもあるかもしれないけれど、一日にもらった愛情を、ヒトよりも何倍も大事にして、些細なことさえも決して忘れることなく、生きてるんだ。
ご主人様が毎日毎日私にくれた、言葉、優しさ、思いやり、そして愛━━
言葉で伝えられないまま、行動でもうまく表現できないまま、感謝の気持ちだけが、日々募っていく。寿命の短い私には、到底この恩を生きてるうちに返すことができないけれど、これだけは言いたいよ。
私を選んでくれてありがとう。
たくさん抱き締めてくれてありがとう。
いつもいつも大切にしてくれてありがとう。
今こうして、ご主人様と一緒に暮らせて、私はとっても幸せです。
ヴァージンロードを歩き終え、微笑んでいるご主人様の手を取り、見つめ合います。
ニクの透明感のある伴奏の中で、ピノが厳かに言葉を連ねます。
「あなたはこの者と結婚し、エオルゼアの神の定めに従って夫婦となろうとしています。あなたは、その健やかなときも、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しき時も、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命の限り、堅く節操を守ることを約束しますか」
「誓います」と私とご主人様の声は重なったのでした━━
「ありがとう、セシル。神様がくれた幻想の時間だけど、二人の夢、叶えられたね……!」
ご主人様は、涙を溢れさせ、私のことを見つめて、深く深く頷きます。
伝えたいことがありすぎて、言葉につまりかけたその時、何かに背中を押されるように、涙と共に言葉が込み上げてきました。
「セシル……! いつも私の事を忘れないでいてくれてありがとう……! いつも私との思い出を鮮やかに思い出してくれて、本当にありがとう! ……でもね、あなたは前を見て、強く生きてほしい……! あなたには、無限の可能性に輝く未来が待っているのだから! あなたの未来を、あなたの幸せを、そして心からの笑顔を天国でずっとずっと見守ってるよ……!!」
私はご主人様に飛び付くように、抱き締めました。今までの感謝をすべて心から解き放つように。
「セシル……大好きだよ……!」
「ああ……僕もだよ……!」
痛いくらい抱き締めかえされた私は、ご主人様の切ない想いが心に飛び込んでくるような気がして、話してくれたすべての思い出と、ご主人様との幸せな日々の数々が溢れて、混ざりあって、まばゆい光の中に包まれていくようでした。
━━ドレスの中でしっぽが動くような感覚がしました。
願いを叶えたことで、ヒトの姿でいられる魔法の時間が終わってしまうことを理解しました。
「……ごめんね、セシル。天国のお迎えが来てしまったみたい。私、行かなきゃ……!」
式を終えた私たちは逃げるようにウェディングハウスを飛び出したのでした。
魔法が解ける前に、私はウェディングドレスを部屋の元に位置に戻しました。
そこからのことは、何も覚えていません。
━━目覚めると、朝。ほんの少し開いている窓辺から爽やかな光とカーテンを揺らす風。
私はソファーに座るご主人様の膝の上に抱っこされていました。
「おはよう。ローザ」
私はいつものように小さなあくびをして、ご主人様の顔を見上げます。ご主人様の目が赤くて、ほんの少し腫れていました。
ご主人様は私のことを撫でたあと、立ち上がっていつもの朝のミルクを用意してくれました。
ご主人様は、ミルクを飲みはじめた私の前に静かに座りました。
「ローザ。昨日は――ありがとう。……本当に……本当に夢のような時間だった。いや、夢ではない━━よね」
昨日はありがとう……? その言葉がひっかかった私はミルクを飲むのをやめ、ご主人様を見ました。
「……僕が愛した人、結婚の約束していた彼女の名前はね……『ローザ』じゃないんだ」
言葉にならない驚きが私の心につき刺さりました。私は、あの時━━
ご主人様は続けます。
「……彼女の名前を声に出してしまったら、何もかも崩れてしまいそうで、彼女が亡くなったあの日から、一度も名前を口に出したことはなかったんだ。でも、これからは前を向き、強く生きていこうと思う。思い出を胸に、決して忘れることなく━━」
ご主人様は、今まで見たことがないくらい、希望に満ちた強くて優しいまなざしで、私に言いました。
「ローザ……、彼女の名前はね、『ローズ』というんだよ」
私は、動揺を精一杯隠して、小さく「ミャア」と鳴き、ご主人様の膝に頭をこすりつけ、溢れてくる涙をぬぐいました。
ご主人様は私をそっと両手で抱き上げ、優しく、優しく、ぎゅっと…温もりで包み込んでくれたのでした━━━━
━━━━三年と一ヶ月前。
赤と紫の無数のラベンダーがそよ風に揺れている午後のひととき。
銀髪の男と桜色の髪の女が公園のベンチに寄り添って座っている。
女は立ち上がって、数歩進み、振り替えって男を見て微笑む。その背景は青空。白い雲がゆるやかに流れていく。
「ねぇ、セシル」
「ん、なんだい、ローズ」
「私ね、結婚式を挙げて一段落ついたら、猫が飼いたいな」
「ああ、いいね。どんな猫がいいか決めてあるのかな?」
ローズは頷いて、長い髪を触る仕草をする。
「うん。私の髪の毛の色にそっくりなローズピンクキャットっていう鮮やかな桃色のかわいい猫がいるの!」
ローズのいつもの明るいトーンにセシルの気持ちも晴れていく。
「へぇ! 君のローズという名前にもピッタリの猫だね。もしかして、もう名前も考えてある?」
「ふふっ、ええ!」
ローズは、嬉しそうに微笑んだ。
そして、愛しそうに目を閉じて、胸に手をあてて、ゆっくりと言った。
「私の名前から文字を取ってね……、“我が子のように愛情を込めて”こう呼びたい。名前は━━
『ローザ』」
―fin―
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