どうやら、いつの時代もそのようである。
私たちは社会でスムーズに生きていくために、何らかの立場に応じた仮面を被る。
その仮面の下で怒りに満ちた形相をしていても、涙を堪えていても、赤い舌を出していても、その仮面が自分の素面であるように装って、毎日を過ごしている。
獰猛な虎は山から下りれば捕獲あるいは駆除されるが、猫を被っていれば「いいね」と言われて撫でられるのだ。
水は入れた器に応じてその形を変える。しかし水であることは変わらない。故に、どのような立場になっても決して自分自身の本質が変わる事はない、と言う哲学めいた思考もある。でも水は他のモノと混ざりやすい。留まり続ければ腐ってしまう。
仮面という「器」に入った「水」が様々な毒気を吸ったまま、濾過されることなく、循環されることなく溜まったままになれば、「水」はどうなるか。何物とも混ざっていなかったその頃とは、別物となっているだろう。
その変質を恐れ、我を張って周囲に自分の価値観を押し付けていく様子もまた、仮面の病の影響によるものだろう。彼らの「水」は自身のプライドに脅威を与える何事かに過剰反応する性質を孕んでいて、浸食される不安・恐怖を排除するために攻撃的になり、不必要な争いを生み出していく。そこに現れた「敵」の対極にあるものを「自分」としてアイデンティティーを得る。脅威を論破なりして排除する時に刹那的な快楽を得られるが、自身の価値観に合わない者はすべて敵となり、またすぐに戦争に突入する。そして「外敵と対立する自分」と言う仮面は、誰からも相手にされなくなった時に破綻を迎える。
卑屈も我執も病である。
被った仮面が新たな仮面を生み、中国の伝統芸能である変面のように、外しても外しても、次々に仮面が現れる。
自己の本質に出会える日は、果たして来るのだろうか。
さて、FF14である。
パッチ6.4を迎え、ゼロ氏の食いしん坊キャラはますます加速し、エスティにゃん氏は半裸でトレーニングで全世界の淑女が歓喜の涙を流しむせび泣いている事であろう。ヴリトラが人語を話すときと竜語を話す時で中の人が違うようが気がするが、多分気のせいだろう。中の人などいない。
そして今回のパッチにおいて、私は長年の固定観念をぶち壊された。
オクトマンモスはタコだったのである。
発端はオクトマンモスをイカソーメンにしようと言う発言があった事だった。
FCメンバーの指摘によって明らかになったのだが、オクトはタコを意味していて、言われてFF4のオクトマンモスの足を数えてみれば8本であるし、ゲーム内でも「8本足」と言われている。タコだコイツ。
ただ見た目は面長で、明らかにイカヅラである。しかし見た目で決めつけられるのは、眼鏡をかけているから学級委員長にされるのと同じことで、オクトマンモス氏にとっては迷惑この上ない。
「マンモス」とつくことから哺乳綱長鼻目ゾウ科マンモス属説を提唱したが、「マンモス」には「大きい」と言う意味もあるらしく、一瞬で撤回した。鼻が8本になったとか面白いじゃん……マンモスかなピー。
イカなのタコなのマンモスなの、と論争が巻き起こった末、「バケモノでいいじゃん」と言う大枠な結論が導きだされた。超テキトー! だがそれがイイ。
ところで、FFのタコキャラと言えば、オルトロス氏がいる。
FF6で登場し、関西弁のような口調で愛嬌たっぷりの人気キャラであり、一時期、FF14にも出演していた。
しかし彼(?)は自身について「ムカつくタコ野郎と思った?」、似顔絵を描いてもらったときは「まるっきりタコじゃん!」、しまいには「タコですみません」と自己卑下する始末である。
自身がタコであることに、何事かのコンプレックスを持っているようだが、タコゆえの柔軟性か、自虐ネタにしてキャラクターを確立している。テュポーン大先生とタッグを組んだりするなどの成果を上げている為、それはそれで世渡りの方法として優れているのだろうが、「顔が怖い」「筋肉モリモリ嫌い」などと自分の価値観を押し付けるように暴力を振るったり、気まぐれで人の頭に重量物を落とそうとしたりなど、攻撃的な側面も持ち合わせている。どこか、不安定な自己を持っている印象を感じざるを得ない。
対して、オクトマンモス氏はどうか。
彼(?)は一切黙して語らず、ただ足が8本である事から、誰しもをタコと納得させている。イカヅラである事など、まったく意に介していない。男(?)は黙ってオクトスワイプである。そして四天王のような明確なキャラ付けなどもなく、時が経てば攻略法すら忘れられてILの暴力で瞬殺されるようになる、悲しき運命が待っている。それでも彼(?)は「タコですみません」と媚びを売ることはないと思いたい。むしろオクトマンモス氏であれば「タコですが何か?」程度の事は言ってのけ、触手でぶん殴ってきてくれるだろう。
ブレないキミと、タコパがしたい。