※注意! このお話は双剣士クエスト、忍者クエスト後のお話となっています! 出てくるのはクエストのキャラクター、若干の単語程度なので、未クリアな方でも問題なく読んでいただける内容ではありますが、ほんのちょっとのネタバレも許されない方はお引き返しください!---
起きて窓の外を見てみると、それだけで気分が良くなるような快晴だった。シシホ・シホが起きてすぐに呼びだした、彼女が雇っているリテイナーの男の子の話では、朝のうちは数フルム先が見えない程に霧がけぶっていたとのことだったので、遅く起きて見た光景が晴れやかな青空だったのは、夜更かしのおかげだったとも言える。
僻地やダンジョン深くに潜っている際には昼夜関係なくなるのが冒険者の常ではあるが、シシホはなるべくなら規則正しい生活を送りたいと思っていた。冒険の予定もなく街で静かに過ごしている時くらいは、夜は早めにしっかりと寝て朝はサッとベッドから抜けだして優雅に朝食をとるような毎日を過ごしたいものではあったが、ブレがちな稼業に就いていると中々そうも上手くはいかないらしい。
日課であるリテイナーとのやり取りを終え、宿屋ミズンマストインの外に出る。
溺れた海豚亭は今日も中々の繁盛ぶりだ。
カウンターの方を見やると店主のバデロンと目が合い、軽く会釈する。手にはカードを握っている。トリプルトライアドをやっているのだろう。彼はシシホを見ながら苦笑した。周囲を見る余裕があるのだ。
対戦しているのは冒険者らしいが随分と長考気味だ。
意を決してカードを出したものの、バデロンにあっさりと何枚かひっくり返されたようで荒げた声がシシホの方まで聞こえてくる。
バデロンが使っているデッキは言ってみれば指導札だ。以前、シシホは彼にどうして強いデッキを組まないのかと聞いたことがあったが、その時の答えは「こういったゲームでよ、初めたばっかりの頃にボコボコにされるのはつまらないだろ?」と言うものだった。なるほど、リムサ・ロミンサの冒険者の玄関とも言える溺れた海豚亭の店主だけのことはある。
カードの対戦を横目にシシホは店の外に出る。途端に降り注ぐ陽射しにそのまま眼下の海へと飛び込みたくなる気持ちが芽生えるが、それは抑え、お目当てのマーケットへと足を向ける。
小遣い稼ぎ程度に劇毒薬を売りに出しているが、リテイナーに預けてあった分は全て売れてしまっていた。全く、ダンジョンの攻略の為に毒薬まで扱う冒険者には頭が下がる思いだ。
シシホは子供の頃からこうさくが好きだった。男の子の友達の方が多かった女の子だ。男子に混じって快活に遊び、また何かを作ったりして育った。冒険者の道を選んだものの、隙を見てクラフターとしての仕事も行っているのは子供の頃からの性分だろう。
先日黒衣森でまとめて狩ってきた為にオチューのつるは余裕があったが、プリンの肉は手持ちがなかった。そもそもあのなんともいえない異臭を放つブヨブヨとした不気味な肉を側で保管したくはないシシホである。つると同じようにまとめて狩ってきたほうが仕入れ値が無くなる分お得なのは明らかだったが、それよりは必要がある場合にマーケットから購入するほうが精神的にマシだという判断だった。
プリンの肉を幾つか購入し、国際街広場開けた場所へ移動して調合をする。マーケットのある商通り内で行うと通行の邪魔になるのは勿論だったが、臭いが篭ってしまい、顰蹙を買ってしまった過去があった。それ以来、外で調合をするにしても国際街広場から桟橋側の海の近くで行うことにしていた。
調合をしていると、何やら八分儀広場の方が騒がしい。見ると数名のイエロージャケットが走っていく。何かあったのだろうか。気にはなったが、見に行くほどではないと踏んで作業を続けていると、シシホの横から声がかかった。
「よう、シシホじゃないか。なんだ、レンキンジュツか?」
声をかけてきたのは頭にバンダナを巻いたミッドランダーの青年だ。腰の左右には隠すこと無く短剣を下げている。
「そうだよジャックさん。これが鍛冶か何かに見える?」
「おっと、これは手厳しい……」ジャックは苦笑して言った。「手厳しいララフェルはあの黄色い跳ねっ返りだけで十分なんだが」
「あら、ミリララさんに会ったら言っておこうかな」
「……勘弁してくれ」
ジャックはこのリムサ・ロミンサの裏の顔、知る人ぞ知る双剣士ギルドのギルドマスターだ。双剣の扱いに関してはシシホの先生とも言える。
「こんなところをほっつき歩いて……、ああ、ビスマルクにでも行くの?」
「いやいや、俺ももう吊るされるようなヘマはしない」ジャックが顔を引きつらせて言った。「あの騒ぎ、シシホは知らないのか?」
「何を?」
騒ぎというのは先程イエロージャケットが数名走っていったことだろうか。ジャックはその確認に向かうところだったのだろう。シシホが分からずに問いかけると、ジャックの口から出てきた騒ぎの元はとんでもない出来事だった。
「殺人事件って話だよ、ミズンマストで。溺れた海豚亭の周りはパニックらしいぞ」
シシホがジャックと共に上甲板層に登ってくると、階段周辺は野次馬と宿泊客とイエロージャケットが混ぜこぜでパニックになっていた。イエロージャケットの数名がミズンマスト前を固めており、何人かで交通整理もしているが、何事かと立ち止まってしまう人間も多い。構造的にコーラルタワーやビスマルク側からアフトカースル側に向かう場合はミズンマストを通り抜けたほうが早い為、然程遠回りにはならないものの、直進できないことに対して何色を示している人もいる。ミズンマストの中には入れそうもなかった。
シシホもジャックも始めはクロウズリフトを使おうとしたところ、リフトも現在はニ階には止まらない。封鎖されている。と言われたのだった。結果階段を使ったのだが、まさかミズンマスト内に入れないとは思わなかった。
「シシホはこれ部屋に戻れそうにないな」
「あたしもそう思う。参ったなあ……。今日は部屋でゆっくりしたかったのに」
普段は通ることがない、ミズンマストをぐるりと囲むように張り出した甲板通路を歩いて南側へ出ると、そちらにも人だかりができている。大柄なルガディンのイエロージャケットが通路に立ちふさがっていて、こちらからもやはり入ることができない。
少し離れた場所にバデロンがしゃがみこんでいた。黄色く染め上げられたブリオーを着たララフェルと会話をしている。
「げ、派手女……。ああ。そりゃ居るよなあ。あんまり顔合わせたくないんだが」
ジャックが躊躇していると、バデロンがこちらに気づき、手を振ってきた。それに反応して黄色い服のララフェルもこちらに振り向く。
もうジャックは逃れられなかった。
「あら、貴方達……。何のようですの? 双剣士ギルドの出番はありませんわよ」
「別に首突っ込もうと思って来たわけじゃねーよ。いちいち突っかかってくんなよミリララ隊士長殿」
「ふんっ! ならさっさと消えなさい。ここは立て込んでいますの」
「この二人は仲が悪いのか?」バデロンがシシホに近寄って小声で聞いた。
銀の涙の件は決着がついているのだろうが、その時気を失っていたミリララにとっては騙し打ちだったようなものだ。黒の棺騒ぎに関しては感謝されているとは思うが、双方共に素直ではないので、折れるのは中々難しいのだろう。
「殺人事件なんて穏やかじゃないだろう。それがちょっと気になって見に来た野次馬みたいなもんだ。それに」ジャックがシシホに振り向いて言った。「ギルドのメンバーが困ってるからな。一応付き添いってわけだ。別に現場を見せろって言ってるわけじゃないんだからいいだろ」
「困っている……? 何か問題でもありまして?」ミリララが顔をしかめて言った。
「ああ、いや、あたしここに泊まっているもんだから、部屋に入れなくって。まあ、それだけなんだけど」
ミリララの目が鋭くなった。
「ここに泊まっている……。貴方、昨夜はどうしていらっしゃいましたか?」ミリララが鋭い口調で言った。
「えっと、ずっと一人で部屋に居たけど……」シシホが言った。「アリバイ確認ってやつなの?」
「お前、こいつを疑ってるのかよ」ジャックが呆れ顔で言った。「シシホには黒の棺騒ぎの時にも手伝ってもらったんだぞ。恩人を疑うってのか?」
「念の為ですわよ……! 殺されていたのは冒険者。冒険者を殺害出来る人物なんて中々いらっしゃらないでしょう。それにミズンマストの宿屋に出入りしている人間なんて限られますわ。実際、受付の方にお話を伺う限り、昨日宿屋に出入りした人間は全員冒険者と、そのリテイナーだったとのことですから」
「つまり、犯人も冒険者である確率が高いってことか」
「そういうことですわ」ミリララが満足気に頷いた。「どうやらシシホさんにはアリバイを証明する事は出来ないようですわね」
「何回かリテイナーを呼び出したりはしていたけど……。それじゃダメかな」
「では後ほど貴方が雇っているリテイナーに話を聞くこととしましょう」
「その被害者が雇ってるリテイナーが犯人ってことはないのか?」ジャックが言った。「それなら簡単な話なんじゃないか?」
バデロンが腕を組んでなるほどと頷いたが、ミリララは首を横に振った。
「その線は無さそうだ、とだけ言っておきましょうか」
ミズンマストに宿泊している冒険者の数は多い。雇っているリテイナーまで含めるとなると、それを全て洗うとなると時間がかかるだろう。宿屋に入る場合は宿泊目的でなくとも台帳へ記入しないといけない為、宿泊者台帳を見ればある程度は絞れるだろうが、そこからは難しいかもしれない。正面から以外にも無理をすれば潜入は可能かもしれないが、ミズンマストの構造上、あまり引っ掛かりがないフリークライミングに挑まなければならないし、それは現実的ではない。大きな獲物を持ち込んでというのなら尚の事だ。
「その、被害者はどうやって殺されていたの?」シシホがさり気なく聞いた。「その、武器を使ったりしていないんなら、窓からとかでも入っていけるんじゃないかなって。それだったら、冒険者以外かもしれないし」
「……良いでしょう。首を突っ込むなとは言いましたが双剣士ギルドとは腐れ縁ですし、貴方達の協力で早期解決が出来るのであれば情報を出すことに致しましょう」ミリララが口角を上げて言った。
以前と比べるとずいぶんと態度が軟化しているようだった。何か感じ入るところがあったのだろう。
「……派手女にしちゃ珍しいな」ジャックがボソッと呟いた。
「きいぃぃ! いい加減派手女と言うのをやめなさいっ! わたくしにはミリララという名前があるのですよ! 折角こちらが譲歩しているというのに!」
「わかったわかった! 俺が悪かった!」
ミリララはため息をつくと、ミズンマストへと歩き始めた。
「ではこちらへ。流石に公衆の面前では情報の開示も出来ませんわ。海豚亭でお話をすることにしましょう。……バデロンさんも戻っていただいて構いませんわ。宜しければ何か冷たい飲み物を出していただけるとありがたいですわね」
ミリララを先頭にして四人で溺れた海豚亭に向かうと、そこにいつもの賑わいは無い。数名のイエロージャケットが忙しなく動いているが、そこから読み取れるのは賑やかしではなく、不穏な空気だけだ。
一つのテーブルを見ると、二人の冒険者らしい人物が着いていた。ヒューランとエレゼンの女性だ。
ミリララは気にせずにそちらのテーブルへと進んでいく。
「こちらエストリルダさんとロズレットさん。お亡くなりになったムルファルさんと同じパーティだった方です」ミリララが交互に紹介をする。「このお二人は双剣士ギルドのジャックさんとシシホさん。シシホさんは冒険者ですわ」
エストリルダは見るからに優しげな顔をしたミッドランダーだ。白く染めたローブをまとい、木製の長杖を背負っている。ロズレットは仄暗い肌で切れ長の目をしたシェーダーで、テーブルの上には彼女のものと思わしき剣と盾が置かれていた。
「あまり聞きたくない話かもしれませんが、エストリルダさんとロズレットさんには申し訳ございません。このお二人に事件のあらましを説明いたしますので、ところどころ補足等ありましたら教えてくださいませ。よろしいですか?」
エストリルダとロズレットが頷いた。それを見てミリララがコホンと喉を鳴らす。
「では……。
お亡くなりになったのはムルファル・フェルドレイドシンさん。ルガディンの男性ですわね。見ておわかりかと思いますが彼女たちはそれぞれ幻術士と剣闘士。そしてムルファルさんは弓術士だったそうです。
死体が発見されたのは……、大体一時間程前でしょうか。昨晩の解散前に決めた集合時間になってもムルファルさんが中々現れないので、彼女たちお二人で彼の部屋まで向かったそうです。どうやらカギは開いていたらしく、扉を開いてみると、椅子に座ったままの事切れていたムルファルさんを発見した。ということですわ。
発見時、ムルファルさんの喉元から矢が突き刺さって貫通しており、他に外傷も無いことからこれが死因かと思われます。既に出血は止まっている為、お亡くなりになったのは夜間でしょう。矢はムルファルさん自身が使用していたものと一致しますわね。ムルファルさんが使用していたオークロングボウと矢筒がテーブルの上に置かれていましたわ」
ミリララがよどみなく説明をするのを周りの四人は黙って聞く。
エストリルダとロズレットはずっとうつむいたままだ。
ジャックは腕を組んでミリララを見ている。
「宿屋の受付の方の話では、昨晩から宿屋に出入りをした方々は冒険者かそのリテイナーしかいらっしゃらないということでした。また、ムルファルさんは宿に入った後は一回も出てきておりません。そして、ムルファルさんが雇っていたリテイナーは昨晩呼び出されておらず、宿屋に出入りはしておりません」
なるほど。リテイナーが犯人ではないと言い切ったのはこういうことらしい。
「外から侵入したような形跡はないのか?」ジャックが言った。「難しいだろうが不可能じゃない。凶器が被害者のものだってのなら尚更だろう。自分で持ち込む必要がなくなるんだから、より侵入が容易くなる」
ジャックの話を聞き、ミリララが頷いた。
「ジャックさんの意見もわからなくはないですわね。わたくしもその可能性を考えなかったわけではありませんわ」ミリララが辺りを見回して言った。「ですが、良くミズンマストを利用される冒険者の方ならおわかりかと思いますが、ここの部屋の窓は全てはめ殺しになっているのです。直接部屋へ入り込むことは不可能ですわ。通路の数カ所、侵入が可能な窓が無いわけではありませんが、深夜とはいえ外側からも内側からも、誰かに目撃される危険性を考えると現実的ではありませんわね。それに、凶器は確かにムルファルさん自身の武器を使用したようですが、はじめからそれ目当てというのは中々リスキーなのではないかしら?」
「そりゃあまあ、確かに。武器が奪えない可能性だってあるわな」ジャックが鼻を鳴らした。
「でも、どうせミリララさんのことだし……」シシホが言った。「その窓も調べているんでしょ? それでもって、そもそも誰かが入り込んだ形跡なんかもなかった。そうじゃない?」
「ええ。その通りですわ」ミリララがにやりと口角を上げた。「通路にある窓も調べましたが、外からの侵入は無かったと断言しましょう」
「つまり犯人は宿屋の入り口から入るしか無かったってことね?」シシホが顎に手を当てて言った。「そして、受付の方の目を欺いて宿屋内に入ることはできないみたいだから……」
ミリララがシシホに向かって頷いた。
「ええ。つまり、犯人がいるとしたならば、夜間のムルファルさん殺害時までにチェックアウトしていなかった人物ですわね」
話が一段落ついたところで、バデロンが飲み物を運んできた。話の邪魔にならないようにタイミングを伺っていたのだろう。流石の心配りといったところだろうか。5つのグラスの中身はどれもラノシアオレンジの搾りたてジュースだった。シシホもジャックも別にアルコールでも構わなかったが、仕事中のミリララはそうもいっていられない。パーティメンバーを失った二人がどうかはわからないが、バデロンが用意したものに間違いはないのだろう。
酸味と甘味の調和がとれたスッキリとした味わいに頭が冴える。えぐ味は感じられないのは良いラノシアオレンジを使っているのも勿論だが、絞り方が上手いからだろう。このオレンジジュースでスクリュードライバーを作ったら美味しいだろう。シシホは溺れた海豚亭が営業再開したらバデロンにお願いしようと心に決めた。
そういえば、スクリュードライバーの語源は労働者がバースプーンの代わりにねじ回しを使ってステアしていたから、という話を聞いたことがあった。ではもしも矢を使っていた場合はアローシュートだとかそんな名前になっていたのだろうか。レディキラーなカクテルの名称としてはそちらのほうが気が利いているようにも思える。しかし、矢をコップに入れても中々かき混ぜ難いかもしれない……。バースプーンが見当たらなくっても矢を使おうとは思わないだろう。別の何かを探したほうが建設的だ。
「その……」ロズレットが口を開いた。「あの、ムルファル君が誰かに殺されるとか、信じられないんです。恨みを買うような人じゃないと思うんです」
ロズレットの言葉を聞いて、エストリルダもこくりと頷いた。目の周りは泣き腫らしたのか大分赤くなっている。ルガディンの弓術士は中々に信頼を得ていた人物だったようだ。
「殺されたわけじゃないとなると自殺か?」ジャックが言った。「そう考えれば、何かと楽にはなるがな」
「そんな! 自殺をするような人でもありません!」エストリルダが赤くなった目を見開いた。「自殺なわけないんです……!」
ミリララが息を吐いて言った。
「……特に遺書等は見つかってはいませんわ」
「他に事件現場に不審な点は無かったのか? 強盗、物盗りの線だとか。部屋が荒らされたりはしていないのか?」
「何かを物色したような痕跡や争いの跡は無いように感じられます。ムルファルさんの体も、喉の致命傷以外はキレイなものですわ。着ている服が乱れていたということもございません。ただ……、そうですわね」ミリララが顎に手を当てて言った。「座ったままのムルファルさんの後方の床に、二本の矢が落ちていましたわ。そのうち一本は床に刺さっていました。狙いがそれたものなのかどうかはわかりませんけど」
シシホは部屋の状況を思い描こうとして、ミリララの説明だけではムルファルの居た位置が曖昧なことに気がついた。
「あ、ねえ。ムルファルさんは椅子に座ったままだったってことだけど、その椅子は部屋のどの辺りにあったの?」
「勿論テーブルに向かって座っていましたわ。ミズンマストの宿の部屋の調度品の位置はどの部屋も同じようですからわかるかとは思いますが、テーブルは部屋に入って左手に設置されています。テーブルに付属の椅子は2つ。窓側が北、部屋のドアを南としたならば、椅子は北と南西に置かれています。……まあ動かすこともできないではありませんが、あまり動かす人もいらっしゃらないでしょう。そのうちの南西側の椅子にムルファルさんは座っていました。すぐ後ろが壁になる位置ですわね。テーブルにかなり近く座っていらしたので、テーブルにも血が飛び散っていましたわ」
なるほど。あの部屋でテーブルに向かおうと思ったら、あの位置が一番だ。反対側には遊戯用のトイボックスが置かれているからだ。しかし、そう考えるとおかしな点がいくつかある。
「テーブル近くに座ってた、か」
「ええ。テーブルの上にはどの部屋にでもあるもの以外は弓矢しか置かれてはいませんでしたが……。何か書き物をしてただとか、そういった形跡はありませんでしたわね……」
そこまで言ってミリララがハッとした顔になった。隣でジャックも「ああ」と声を漏らす。
ロズレットとエストリルダは目を伏せたままだ。話は聞いているが、あまり考えたりはしたくないようだった。
「そう。テーブル近くに体が来るように座っていたっていうことは、何かしてたってことよ。しかも、殺されたのだとしたら誰かがいる状況で」シシホが頷きながら言った。「書類仕事かどうかはわからない。訪問者……、加害者が居てテーブルを挟んで会話していたのかもしれない。頬杖ついて考えごとをしていたのかもしれない。どれにしても、殺されたのだとしたら、誰かが居たのよ」
「うーん」とミリララが唸った。
位置を考えると死体の状況には納得のいかない点が多い。床に散らばっていた二本の矢もそうだ。もし、犯行が弓で行われたもので、落ちた矢は狙いがそれて外れたものだとしたら、殺される三射目までムルファルさんは抵抗も何もしなかったことになる。毒を盛られたか何かで動けない状況だったのならば話は変わってくるが、だとしたら完全に計画的な犯行だ。
ただし、毒物が使われたかどうかまでははっきりとはわからないだろう。毒死であればまた別だろうが。
やはり、椅子に座っていたという状況が気になる。加害者が部屋に押し入ったのであれば、呑気に椅子に座っていたわけがない。たちまち戦闘になっているはずだ。もし加害者が押し入って殺害をしたのならば、その後にムルファルを椅子に座らせるといった作業をしたことになる。しかしムルファルはルガディンだ。ルガディンを椅子に座らせるという作業には骨が折れるだろう。わざわざそうする必要も感じられないし、そもそも部屋に争いの跡は無いようだし、致命傷以外はキレイだったとミリララも言っている。となれば、本当に死の直前まで椅子に座っていたと考えるほうが確かだろう。やはり、加害者がいるのだとしたらムルファルが自分から部屋に招き入れたのだ。
……そうなってくると、怪しいのはロズレットとエストリルダ。同じパーティだったこの二人、ということではないのか。
「毒が使われたっていう可能性は?」ジャックが言った。「麻痺毒か睡眠薬あたりなら、ムルファルさんの動きを封じることが出来ると思うんだが」
「残念ですが、毒が使われたかどうかの判断は……。その手の空き瓶が落ちていたということもありませんし。生きていて時間が経っていなければ、乱暴な方法ですけれど、レジストするかしないかで判別出来そうなものですけどね」ミリララが自嘲気味に言った。
「加害者がいたという確たる証拠はないんだろう? ……やっぱり自殺の線が濃厚か?」
「現状ではそう考えるのが一番素直な気がしますわ」
「そんな! 絶対に自殺なんて!」エストリルダが口を開いた。「だって……。昨日の昼間はずっと今日の準備をしてて、ポーションやエーテルを買い揃えてて、防具もいくつか新しいのを……。ブレイフロクスさんの野営地に行くの、一番楽しみにしてたのはムル君だったのに……」
最後の方は泣き声で掠れていた。
「エスト……」
ロズレットがエストリルダの肩を抱いた。エストリルダは体を震わせながらロズレットの胸元に顔を埋めた。額が鎧に当たってカチャリと音を立てた。