
「仁義を尽くして礼節を知る、知に至りて心に至る」
これをもってして、『仁義礼知心』だと思っていたら
「心」じゃなくて「信」でした、こんばんみ。
https://img2.finalfantasyxiv.com/accimg2/61/0f/610f62951a96f3cd07edf1ec9e11b4db3fdb330f.jpg画像はキーちゃんだよっ(´・ω・`)
個人的に仁義サイクルと呼んでる、自分のポリシーを紹介するよ。(唐突)
仁っていうのは思いやりのことなの。
自己を中心に物事を考えるのではなく、自分以外の誰かのことを優先して物事を考えたりっていう、そういう心持を表す言葉だよ。
義っていうのは、社会正義とか筋を通すとか、そういうの。
ここまでは合わさって、仁義を尽くすっていうのがどういうことかというと
自分が嫌だなと思うことは他の人にはしない、とか
先輩上司からの指示にちゃんと従う、とか
社会のルールを守る、とか、そういう行いを心がけることをいうのね。
じゃあ、なんで仁義を尽くすと礼節を知ることになるのってことなのよね。
礼節っていうのは一々説明するまでもなくそのまま、礼儀作法。
ちゃんと挨拶をするだとか、敬語を使うこと、マナーを守ることも含むかもしれない。
でも、これを心がけて、実践しようと思えば、勉強する必要が出てくるよね。
どんなに心がけていたところで、それが行動に表れていなければ意味がないのだから。
勉強することを知る、これが「知」を得るということにつながるんだね。
(´・ω・`)エライ
じゃあ、最後の心って何よって話になるよね。
「仁」が自分ではなく相手を思いやるってところで、イメージが沸いてたかもしれないけど
相手がどう思うか、とか
自分がどう思うか、とか
そもそも、「心とは何か」を学ばなければ、恩着せがましいだけになってしまうよね。
だから、仁をなそうと思えば心を知る必要がある。
スタートに戻ってくるわけなの。
_(:3 」∠)_=3ブッ
これを仁義サイクルといい、すぐ裏切る竜騎士には真似できない黄金の鉄の塊で出来たゴイスーなアレなのだと個人的に思っています(麦
あと忍者は汚い。
唐突に日記を書いたのには特に強い理由はなくて
当然、これを書こう!という思いもなかったので、普段心の片隅にあることを書いてみました。
1ゲットしてきたので、巡回されたときに、何も日記がないのもさみしいなと思ったので書いちゃいました('ω')ノ