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【RP】黒い森、救済の光 Ⅱ【ショートストーリー】

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黒い森、救済の光


Ⅱ.


ラベンダーベッドには、いつも美しい自然の香りが漂っている。だが、ずっとその居住区の一室に住んでいながら、サラセニアがその空気を吸い込んだのはもう三か月ぶりのことだった。職と家族同然だった友人たちを失い、暗い部屋に籠り悲しみを注いだグラスを煽るだけの生活は、空のボトルとバスケットに終わりを告げられた。いくらかの金と、今ではただの護身用でしかない銃だけを持ってリリーヒルズを後にする。川の上に架けられた長い橋に、アーチと鮮やかな花が植えられた花壇が彩りを与えている。以前ならばその有機的な美を形容する言葉の二、三個はすぐに浮かんだはずだったが、今は何も思いつかない。両端に規則的に並べられたベンチに座る人影を見つけて、ため息を吐いた。気付いていないふりをしてその前を通り抜けようとする。すっと伸ばされた黒い革のブーツに躓いて、サラセニアはよろめいた。

「あなたねぇ……」

「ワーオ!超偶然!こんなところでたまたま会うなんてサイコー!」ロナンはパンを頬張りながら言った。

弁柄色のウェーブがかかった髪は頭頂部でカチューシャに留められ、青肌の額と頬にはそれより少し薄い色で刺青が入れられている。黒い革と布で統一された露出の多い服の上に、肩から替えの弾丸を詰めたベルトを下げている。肩につけられたパッドの裏側や腰に提げた工具箱みたいなものの中には、爆弾とか弾頭みたいな背中の機関銃みたいに危険なものがたくさん仕込まれている。その物騒な姿も、センスの悪いオレンジ色の虫の目みたいなゴーグルの奥でニタニタ笑っているであろう目つきも、何もかもが最後に会ったときと同じだった。この能天気で頭の緩い破壊の申し子は、初めて会った日──ウルダハの裏道で悪さしているのを咎めたときから何かとサラセニアの周りに姿を現すようになっていた。

「ずっとここでわたしが出てくるのを待ってたわけ?」体勢を立て直すとロナンに向き直り、腕を組んで見下ろした。

「ゼンゼン!今来たとこ!」ロナンは右手でパンを口に放り込みながら、親指を立てた左手を突き出して答えた。「たまたまってあるもんだね!」

そう言うロナンが座るベンチの横には、パンの包装らしきものがいくつも散らばっている。

「ちゃんと片付けなさいよ」サラセニアが呆れて言うと、ロナンは必要以上に何度も、間違いなく面倒臭そうに頷いた。

「どこ行くの!?久しぶりに暴れたくなっちゃった!?」口の中を空っぽにしたロナンが立ち上がる。「やっぱ好きなんでしょ!こう、ドッカーン!ズドーン!バババババン!って」

「そういうのじゃないの。あなたには関係ないこと」口で銃声を真似ながら、両手で銃を乱射するジェスチャーを続けるロナンを置いて、歩き出す。「じゃあもう行くから」

橋を渡り切って振り向くと、まだロナンは一人遊びをしていた。その姿に思わず吹き出して笑ってしまう。彼女は悲しみや怒りなんてものとは無縁なのだろう。だが、その底抜けの明るさが今は少し羨ましく思えた。

桟橋では船頭が係船柱に腰かけ、双蛇党兵と雑談に興じていた。乗客のいない船が穏やかで澄んだ水面に浮かんで仕事を待っている。

「おぅ、久しぶりだな。鏡池桟橋まで、でいいよな」船頭はサラセニアに気付いて腰を上げた。

「えぇ、お願いするわ」

「すぐに出発しよう。もう暗いしな、待ってたって誰も──」

船頭はそう言いかけたが、サラセニアの肩越しに何かを見つけて止めた。

「待ちな!アタシも乗るよ!」

ガチャガチャと金属がぶつかり合う音をたてながらロナンが走ってきた。その騒音に起こされたのか、立ち並ぶ家屋の窓にちらほら明りがつき始める。

「お嬢ちゃん、もう遅いから静かにな」船頭が苦笑いを浮かべる。

ロナンは何かに気付いたときにするように尻尾をぴんと伸ばすと、何も言わずに親指を立てた手を突き出して頷いた。「アタシもお利口さんになったってわけ!」

黙り続けるのはまだ難しいようだった。

船は鏡池へと漕ぎ出した。優しい風が頬を撫で、小気味よく水を切る櫂のリズムが安らぎを与えてくれる。転送魔法でグリダニアを目指すことも出来たが、時間をかけて少しずつ進む方を選んだ。物事の結果よりも、そこに至るまでの過程が好きだったのだ。物語は結末だけを描くものではない。そこに登場する人物たちが何を行い、何を思うのかこそが重要だったのだ。それが幸せや悲しみを生み出し、物語はより素晴らしいものになる。

だが、今はそんな理想や持論を持つ気分にはなれなかった。書き続けるつもりだった物語は唐突に終わりを迎え、今舞台となっている一艘の船の上に残されたのは、一丁の銃だけを持った何者でもない女と、数えきれない兵器を持った物騒な女だけ。望んだものとは違っていた。

「何があったか知らないけどさ!パーッとやろう!ドッカーンって!」ロナンが相変わらずの元気さで喋り出すと、安らぎの音はかき消された。励まそうとしてくれているのかもしれない、とも考えたが、この女に限ってそれはないだろう。

「わたしは今とても悲しんで、滅入っているの」隠しきれない苛立ちが口調に染み出ていた。船の縁から水面に向かって毒を吐く「あなたには分からないでしょうけど」

「わたしには分かるよ」

人称と声色の変化に驚いて、サラセニアは顔を上げた。

「わたしもちょっと前に、自分は大変なことをしちゃったんだって気づいた。反省して、罪を感じて、許してほしくて神様にもお祈りしに行った。そこには神様は居なかったんだけどね。でも、それが理由で自分自身をやめようとはならなかった」ロナンが続けた。「生きるのをやめようなんて」

「あ、あなたってそういう感じだったかしら」

「いや!ゼンゼン!なんつって!」ロナンは調子を取り戻して言った。「お!もう着いた!」

二人は桟橋に飛び移り、仕事を終えてラベンダーベッドへと帰っていく船頭に感謝を告げた。振り向くと、見慣れた森の光景が広がっている。グリダニアへ続く道を歩き出そうとしたとき、頭上に赤い煌めきを見つけて止まった。夜の闇の中、橋のように架けられた岩の上に背の高い人が立っていた。ウサギのような長い耳が伸びている。夜の闇の中でも煌めく赤い衣装に身を包んだヴィエラ族の女だった。

「そんなとこでなにしてんの!?」ロナンが叫んだ。静かな森には大きすぎる声が響く。

ヴィエラ族の女は振り向くと、二十ヤルムはありそうな高さから飛び降りた。サラセニアは思わず息を呑んだが、女は羽のように軽やかに着地すると二人の方へと歩いた。

「それを問うは我らだ。何処かで闇の門が開かれた今、この黒き森は安全とは言えぬ。早々に去れ」

女は燃える炎を宿すような赤い瞳でサラセニアを見た。腰にはそれとは対照的な青い輝きを持つ剣が吊るされている。傍を飛び回る蝶も同じ色の羽を持っていた。その佇まいと古めかしい語り口調が、女が只ならぬ何かを内に秘めていることを思わせた。

「光がくすんでいるぞ。未だ生きるべき命がありながら、それを謳歌せぬものを我らが神は許さぬ」何かに気付いたように突然女が言った。「死に急ぐなかれ、若き光よ。今夜沈めば闇に囚われる」

「アンタ死ぬつもりだったの!?」隣でロナンが驚きの声を上げる。

「別にそんなつもりは……」

「生きよ、そして満ちよ。我らが神はそれをお望みだ。然し、今は何処かへ身を隠すべきだ。闇の気配が迫っている」

「ダイジョーブだって!」ロナンが銃を取り出して誇らしげに口角をあげた。「アタシにはオトモダチが
いるから!」

女は鼻を鳴らした。「汝は満ちているな。そのまま昇り続けよ」

ロナンは褒められて嬉しそうに満面の笑みを浮かべたが、サラセニアの表情は硬かった。二人の言葉が頭を巡る。もしかしたら、自分は自ら命を断とうとしていたのかもしれない。不幸に見舞われ希望の見えない苦痛の時間から逃れるために。

「あなたの神様に祈ったらわたしを助けてくれる?」思わず言葉が口をついた。

「我らが神ヤルシェが求めるのは祈りではなく行動だ。自ら生に意味を見出し、己が光の円満を求めよ。さすれば、神は汝を祝福しよう」

「それは……結局自分で何とかしろってことかしら?」首を傾げながら、頭二つ高いところにある女の顔に問いかける。

「然様。行動を起こすのは汝だ。だがその全てを我らが神が見守る」

「分かったわ。ためになる教えをありがとう、司祭様」言葉の真ん中をわざとらしく強調しながら言った。

「受け取れ」少しの間の後、女が口を開いた。差し出された手の上には、蝶を模した水晶のペンダントが乗せられている。

「これは何?」

「我らが神の使いの印だ。汝のくすんだ光が再び円満を求めるならば、それが我らの元へと導く」

「本当は?」

「今説明した通りだ」

サラセニアはしばらく迷っていたが、贈り物を受け取ると不思議な素材でできた紐を首にかけた。触れた場所からじんわりとほのかな熱が伝わり、全身へと広がっていった。

「我らが名はシエナ。月の女王の預言者にして闇を救済する者。汝らとはいずれ再び見えよう」

「シエナ……ね。分かったわ。わたしはサラセニアで、こっちの変なのがロナン」隣を見ると、ロナンが親指と人差し指を立てた右手を顎の下に当ててポーズをとっている。銃のつもりらしい。

名乗りに答えた後、女の言葉に引っかかって聞き返した。「ん?闇から救済するんじゃなくって?」

「如何にも」シエナは頷いた。「さあ行け」

シエナに促され、サラセニアはまさに変な恰好をしているロナンを引っ張って歩き出した。

闇を救済する者──シエナは再び岩の上へと登っていく。赤い瞳は、暗い夜の北西の闇に何かを探しているようだった。

彼女が見ていたのはハウケタの邸宅の方角だ。

夜にあの屋敷に近づくものはいない。

ギズバートはその理由を知っていた。これまでの人生、ずっとこの森で過ごしてきたのだから。木々の間の暗がりには危険な魔物が潜み、ねじ曲がった木が生える芽吹きの池には不用意にも森の怪物に近づきその養分となった者たちの骨が沈んでいる。流された血が異界の魔物たちを呼び寄せては新たな犠牲者を屋敷に呼び込もうとすることを誰もが知っていた。

知ってはいるが、ギズバートは消えた仲間を探しに行かなければいけなかった。

報酬につられて依頼を受けた冒険者仲間たちはギズバートの忠告を無視して去っていった。悔しさが募ったが、彼らが帰ってきて、もう一度自分を臆病者だと笑ってくれるのを期待していた。だが、彼らは夜が明けても戻らず、陽が沈みまた月が昇っても帰ってきていなかった。冒険者ギルドの人間は悲しむ素振りを見せたが、それ以上のことはしてくれない。

エールを半分空けて、ようやく夜の森へ踏み出す度胸が湧いた。つるはしを剣に持ち替えて、使い込んだ鎧に着替え始める。

──今日は早く家に帰って大人しくしてた方がいい。

ミコッテの女の言葉を思い出し、一瞬手が止まった。あの子は何かを知っているのだろうか。もしかしたら彼女は占術士で、今夜森に出れば何かが起こると知っていて、それを止めようとしてくれていたのかもしれない。ギズバートは思案したが、覚悟を決めると支度を続けた。

山師から冒険者らしい装備に様変わりしたギズバートは、白狼門をくぐって森へと歩み出た。緑の甲冑に身を包んだ鬼哭隊の兵士に外出を咎められたが、冒険者だと言うと渋々通してくれた。

スカンポの安息所とは名ばかりの、落ち着かない空気が満ちていた。仲間には臆病だとよく言われたが、ギズバートは自分の慎重さは長所だと考えていた。多少の月明りはあったが、ランタンを持ってきたのは正解だ。ガラスで囲った中の火が消えないように、ゆっくりと歩みを進める。刺激的な紫色のキノコには近づかなければいい。巨大なモルボルは物音を立てなければ襲ってこない。ギズバートはこの辺りに棲む魔物たちのことをよく知っていた。

大きな門の前に立ち、ギズバートは格子の隙間から奥を覗いた。目玉の妖異が何匹か飛んでいるのが見える。あれくらいなら一人でも倒してきた、と自分を奮い立たせた。

門に手をかけたとき、突然感じた経験したことのない寒気がギズバートを硬直させた。何かが背後にいる。振りむいて確かめようとする意思に反して、体は全く動かない。だがその耳元で恐怖を催す妖しい女の声が囁いた瞬間、本能が警鐘を鳴らして体を突き動かすと、ギズバートは門の向こうへ駆け出した。何かと戦う準備は出来ていたはずだったが、それなりに積んできた経験が逃げるべきだと告げていた。

恐怖に涙を流しながら御用邸の玄関の扉を叩き、中に入れてくれるよう懇願する。だが、その声を聞くものは誰もいなかった。

戸を叩くギズバートの背中に忍び寄った血の気のない真っ白な腕が、ゆっくりと心臓を貫いた。激痛が全身を駆け巡り、痙攣する。仰向けに倒されたギズバートに女型の妖異が妖しく微笑みかける。それがギズバートがこの世で見た最後の光景だった。

妖異は腕についた血を啜った。庭に居ついていたアーリマンが死体に残されたエーテルを喰らおうとたかり始める。

「やはり足りない……」ギズバートを葬った妖異は、怒りに満ちた声で言った。「魂を取り戻さねばならないな。お前もそのために門を開いたのだろう……我が魂を盗みし者よ」

森の上空に開かれた渦巻く闇の門の中から、次々と妖異やその魂が這い出していた。魂は邸宅に置かれた石像に宿り、ガーゴイルとなって動き始める。

闇の存在が森にひしめき、人の営みへと押し寄せていく。

黒衣森の灯りが一つ、また一つと消え始めていった。


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