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──陽が傾きかけた、知の都シャーレアン。
白い石造りの街並みの向こう、中央議事堂を囲むように並ぶ学舎群のなかで、ひときわ目を引くサリャクの像が、静かに天を仰いでいた。知を探求し、問い続ける者たちの守護神。その姿は、落ちかかる夕陽に金の縁取りを得て、どこか柔らかく、けれど揺るぎなく佇んでいる。
そのすぐ近く、魔法大学の一角にある実技演習場。湿り気を含んだ風が、ひらりと石畳を撫でていった。
拳と斧がぶつかり合う音。
乾いた衝撃が、ひとつ、またひとつ。
演習場の中央で、斜陽に照らされた二つの影が、地面の上で交差していた。
イダ・ヘクストは、高く結い上げた髪を揺らしながら、しなやかに跳び退く。一方、ムーンブリダ・ウィルフスンウィンは、大振りな斧を構え直し、ぐっと大地を踏みしめた。
「――なかなかやるな、イダ!」
ムーンブリダがにやりと笑う。その背に落ちた夕陽が、斧の刃を鈍く光らせた。
「そっちこそ、いい腕してる!」
イダも応じるように笑い、拳を握り直す。汗が額を伝い落ちたが、どちらも疲れを見せる様子はない。
「はっ!」
イダの拳がしなやかに弧を描いて風を裂き、陽を受けた汗が一粒、拳から飛び散り、その拳をムーンブリダが受け止めた。
石畳を蹴る鋭い音。
細かく位置を取り直しながら、互いに間合いを詰め合う。
「いい踏み込みじゃん!」
斧の柄をさばきながら、ムーンブリダが楽しげに声をかける。
「ムーンブリダこそ、受け止めるのが上手すぎるよ!」
それを受けるムーンブリダの斧が、力強く応じる。
──拳と斧、力と技。異なる闘い方を持ちながら、ふたりの動きは不思議なまでに調和している。
互いの動きに無駄はなく、静かな緊張が漂っていた。
演習場の端では、一人の少女がそわそわとしながら二人の鍛錬の様子を食い入るように見つめている。身体を動かしたくてたまらない様子で、時折その場で小さくジャンプしたり、腰に手を当てたりしている。
──再び音が鳴る。
斧の一撃が地を叩き、イダの蹴りが風を裂く。研ぎ澄まされた技と技が交錯し、互いの気配を探り合う。
イダが素早く間合いを詰めると、ムーンブリダも呼吸を合わせるように斧を肩に担ぎ直し、ぐっと体重を乗せた。一瞬、互いの視線が交わる。次の瞬間、二人は同時に踏み込んだ。
──拳と斧がぶつかる。石畳に響く、乾いた衝撃音。
イダはにやりと笑ってみせた。
「……ホント、バカ力だな、あんた!」
「力じゃないさ、工夫と努力ってやつ!」
笑い合いながら、もう一度距離を取る。互いに余力を残しながらも、譲る気はなかった。
──拳と斧の舞踏。それは力比べではない。互いを信じ、互いを高め合う、無言の対話だった。
やがて、ふたりは同時に、ふっと肩の力を抜いた。
目と目が合い、頷き合う。
夕陽がすっかり傾き、空が紫に染まる頃。鍛錬を終えたふたりは、石壁にもたれて座り込んでいた。肩で息をつきながらも、顔には満ち足りた笑みが浮かんでいる。
少女がそろそろと近寄ってきた。両手に小さな水筒を抱え、どちらに先に渡すべきかと悩みながら、きょろきょろとふたりを見比べる。
「おつかれさま、姉さん! ムーンブリダさんも!」
「ああ、リセ、来てたのか。お茶ありがとな!」
ムーンブリダは水筒を受け取り、リセの頭をくしゃりと撫でた。リセは嬉しそうに目を細め、イダの隣にちょこんと腰を下ろす。
しばらく、三人で静かな時間が流れた。
やわらかな風が、汗ばんだ肌を優しく冷やしていく。
夕暮れの静けさを破るように、石畳を踏みしめる足音が近づいてきた。
リセがぱっと顔を上げる。
振り向いた先には、ララフェル族の青年――パパリモがいた。その隣には、書物を抱えたままのウリエンジェも静かに立っている。
パパリモは、片手をひらひらと振ってにやりと笑った。
「やれやれ、ここかよ。探したぜリセ……また勉強サボってんじゃないだろうな?」
その言葉に、リセは思いっきり頬を膨らませた。
「サボってないもん! パパリモったら、お姉ちゃんと同じこと言うんだから!」
ぷんすかと拳を握って、リセが睨みつける。
それを見て、ムーンブリダが吹き出した。
「ぷっ……ははっ、だってさ、イダ?」
斧を肩にかつぎながら振り向いたムーンブリダに、イダも息を弾ませつつ破顔する。
「そりゃあ、お姉ちゃんだからね!」
「な、なにがおかしいんだよぉ……」
パパリモがたじろぐと、リセがさらに腕を組んでぷいっと顔をそむける。その様子に、またムーンブリダが肩を震わせ、イダもつられて笑い出す。
パパリモは頭をかきながら、ふうとため息をついた。
「ったく、姉妹ってのは似るもんだな……」
ウリエンジェはと言えば、変わらず静かにその様子を見守っていた。けれども、よく見れば、ほんの僅かに口元が緩んでいる。
演習場には、落ちかけた夕陽が柔らかく差し込んでいた。
空は濃い紫に染まり、白い石造りの街並みも、穏やかな茜に包まれている。
遠くから、風に乗って港の鐘の音が聞こえてきた。
ムーンブリダが立ち上がり、斧を軽々と担ぎ直す。
「そろそろ行くか。腹も減ったしな!」
「うん! 私もお腹ぺこぺこ~!」
リセが元気に跳ねる。
イダも軽くストレッチしながら立ち上がった。
「じゃあ、今日の続きは明日の朝ってね。いいかな?」
「望むところだ!」
斧の柄をぐっと肩に乗せ、ムーンブリダが笑った。
互いに交わす視線に、勝敗を越えた何かが宿っている。
夕暮れの街に、笑い声が溶けていく。
梢を揺らす風が、ほんのひととき、過ぎし日の平穏を運んでいた。
──そして、夜が明けた。
知の都に朝陽が差し込み、白い街並みがゆっくりと目覚め始める頃。まだ人影もまばらな魔法大学の一角、実技演習場には、すでにふたつの影があった。
石畳に降りた朝の光は、淡く澄んでいて。
一陣の風に揺れる髪、地を蹴る音。
空には小鳥の群れが飛び立ち、澄んだ羽音を残していく。
向き合うふたり、ムーンブリダとイダ。
昨日とは違う、どこか張り詰めた気配が、そこにはあった。
「じゃ、昨日の続き、しようか」
イダが拳を握る。
ムーンブリダは笑い、斧を肩から滑らせた。
──鍛錬は、言葉など要らない。
夜の冷たさがまだ石畳に残る中、拳と斧が火花を散らしていた。鍛錬を重ねたふたりの息遣いと、打ち合う音だけが、静かに広がっていく。
傍らでは、リセがじっと身をこわばらせたまま、二人の動きを追っていた。
拳を握りしめてはほどき、また握る。
けれど、彼女は一歩も動かない。
今はただ、憧れにも似た想いで、技を目に焼きつけようとしていた。
視線を移すと、壁際にウリエンジェの姿があった。
まるで当然のように、朝靄のなかに立っている。
その表情は相変わらずだが、心なしか眠そうだ。夜更かしでもしたのだろうかとリセは思う。
──視線と拳と斧が交錯する。
イダの拳が鋭く突き出され、寸でのところでムーンブリダの額先で止まった。
互いの間に生まれる、ほんの一瞬の静寂。
ムーンブリダは、拳を前にしたまま、ふっと肩の力を抜いた。笑みを浮かべ、斧を下ろしながら、額の汗を拭う。
「いやー参った、あんたの勝ちだ。やっぱ強いな、イダ!」
明るくそう言って、ムーンブリダは手を差し出した。
イダも笑みを返し、ぱしりとその手を叩くように握り返す。
「ありがと。……でもね、ムーンブリダ」
イダの笑顔は、ほんのわずかに翳りを帯びた。
遠く、まだ見ぬ異国の空を見上げるように、彼女は続ける。
「あたしには、どうしても叶えたいことがあるんだ。どんなに強くなっても、きっと、それだけじゃ足りない。だから、あたしはもっと、もっと前に進まなきゃいけないんだ」
その言葉に、ムーンブリダは一瞬だけ目を細めた。
けれど、すぐに笑みを深めて頷いた。
「そっか。……なら、応援するしかないな」
互いに交わした言葉はそれだけだった。
だが、それ以上の理解がふたりの間には確かにあった。
静かに流れていた朝の空気が、にわかに乱れる。
ずかずかと足音を響かせて、パパリモが演習場に入ってきた。
「まったく、朝っぱらから元気すぎるだろ、あんたら!」
パパリモが手を振りながら近づいてきた。
その隣には、ウリエンジェが歩調を合わせるように静かに進んでくる。
「……って、リセ。お前、またここにきて、朝の準備とかあるだろ?」
パパリモは腰に手を当て、呆れたようにため息をついた。
リセはびくっと肩をすくめたが、すぐにツンと横を向いて反論する。
「だって、姉さんとムーンブリダさんが稽古するって言うから! あたしだって、見たいもん!」
ぎゅっと拳を握ってパパリモを睨みつけるリセ。
それを見たムーンブリダが、斧を肩にかつぎながら吹き出した。
「ぷっ……ははっ、だってさ、イダ?」
振り向いたイダも、息を弾ませながらにっこり笑った。
「まあ、私の可愛い妹だからね!」
パパリモは苦笑しながら、額を押さえた。
「……まったく、手がかかる。リセ、朝食の時間だぞ。放っとくと授業遅れるだろ」
「うるさいなぁ、パパリモったら。まるでお母さんみたいなんだから!」
「えぇ……お、お母さん? 」
たじろぐパパリモに、リセは腕を組んでぷいっと顔をそむけ、そのまま、くるりと背を向けた。
「な、なんなんだよもー」
脱力するパパリモを見て、ムーンブリダが辛抱堪らず、肩を震わせて笑った。
イダも、目を細めながら楽しそうに微笑む。
そんなやり取りを静かに見ていたウリエンジェは、ただ一人、変わらぬ穏やかさで朝の光を見上げていた。
──そこには、柔らかくほどけた時間が流れていた。
何でもない、けれども確かに尊い時間。
この先、何が待ち受けようとも、彼らはこの朝を忘れないだろう。
パパリモが、仕切りなおしとでも言わんばかりに、ひとつ咳払いしてから言った。
「――よし、ほら、早くしろ。ラストスタンドのクロワッサンが冷めちまうぞ」
リセがぱぁぁと顔を上げた。
「行こ行こ! ラストスタンドのクロワッサン! お腹空いた〜」
嬉しそうに駆け出すリセの後を、イダとムーンブリダが笑いながら追いかけた。
パパリモもため息まじりに後を追い、ウリエンジェは最後にふと演習場を振り返ってから、ゆっくりと歩き出した。
朝の光のなか、鳥たちが高く飛び立ち、空に白い軌跡を描いていく。
風が、誰もいなくなった演習場をそっと撫でた。
石畳に残る、鍛錬の跡だけが、確かにそこにあった。