本記事は、『蒼天のイシュガルド(パッチ3.0)』に関わるお話です。ネタバレにしないためには、
LV55くらいまでのメインクエストをクリア
LV55木工師クエストをクリア
してから閲覧いただくと良いかと思います。
また、使用している資料は『エンサイクロペディアエオルゼア(以下ENと略)』、『FF14 Fan Wiki』、ロドストの個人の日記ほか、ゲーム外にある情報も活用しておりますこと、ご了承ください。◆オーロラと砦
氷の宵闇、吹雪の砦訪問記【前編】はこちら【前編・目次】――――――――――――
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【後編・目次】――――――――――――
■概要■
■ダスクヴィジル内覧・2■ 2:キープの中 2-2:氷の聖餐 2-2-1:反乱
2-2-2:死と教え
2-2-3:カニバリズム 2-3:ユヘルメリック卿の固執 2-3-1:なぜ卿は撤退を拒否し、砦の死守を命じたのか?
2-3-2:なぜ皇都からの救援が、ずっとこなかったのか? 3:keep、dungeon、oblivion、slime… 3-1:キープ(keep)
3-2:ダンジョン(dungeon)
余談:democracyは違う
3-3:オブリビオン(oblivion)
3-4:スライム(slime) 4:キープ外壁■おわりに■――――――――――――
■概要■ ダスクヴィジルは西部高地の北端に位置する砦である。第七霊災の影響で崩壊、内部では反乱が起きて部隊は全滅、廃墟となった。今回はvigilほか言葉に注目しながら、ダスクヴィジルを概観し、内部を訪ねる。また、ユヘルメリック卿を中心に、兵士たちの当時の状況、事件とその理由について考察する。最後に補遺として、キープ内部に散らばっているヌールタイユの手記の断片に関して、英語版の内容を紹介し、日本語版との比較を試みる。 今回の「氷の宵闇、吹雪の砦訪問記【後編】」は、ダスクヴィジルのキープ内部を見ていきます。
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■ダスクヴィジル内覧■2:キープの中2-2:氷の聖餐2-2-1:反乱 ヌールタイユの手記の断片には、反乱が起こって兵士たちが殺し合ったことが書かれています。
しかも、死んだ兵士は食料として消費されたようです。
◆手記抜粋
だが、卿は砦の維持に固執し、これを拒否。
凄惨な戦いになり、多くの命が失われてしまった。
唯一の救いは、新鮮な肉が手に入ったことだけか……。
私は罪を犯した。
穢らわしい罪だ……そう、罪なのだ。
だが、生きるためには必要だった……。 人肉食。
強烈ですね。
ひかりごけ事件や、『アンデスの聖餐』『生きてこそ』の元となった、ウルグアイ航空機の墜落事故を思い起こします。
兵士たちはユヘルメリック卿の命令に異を唱え、命令に服従するか、しないかで争いました。
死んだ兵士はその結果として食料とされたため、食べたくて始めた殺し合いではありません。
イシュガルド正教では、ドラゴンと戦って死ぬことは名誉とされています。
しかし、強大な力を持つドラゴンに向かって飛び込み、あえなく死することは「自殺のようなもの」なのではないでしょうか?
イシュガルドで受注できるサブクエストなど、数々のクエストで、ドラゴンと戦う意味にゆれる人々を描いたストーリーが多いです。
◆父を心配する息子◆
2-2-2:死と教え イシュガルド正教では、自殺を明確にはとがめてはいないようです。が、「
ドラゴンとの戦いで死ぬことだけがハルオーネの意に沿う」のであり、それ以外を不名誉の極み、背教行為のように扱っていますから、事実上、自殺は禁じられているも同然と思われます。
でも、ドラゴンと戦って死ぬのは、(たとえ自殺行為だとしても)ハルオーネのために身を尽くして死ぬわけです。自分のエゴのために、神が与え下された身体を自分勝手に殺す行為とは違うと解釈すれば、自滅のようなドラゴンとの戦いは、罪深い行為にはならないはずなのですね。
例えば、自分の子供のために食べ物を与え続けて親が死んでしまった場合、ごく単純に捉えるなら「親は自殺している、罪深い」となってしまいます。ですが「他の命を生かすため、自らの命をかけて生きて尽くし、死んだ」行為に対して、これを自殺ととがめることは適切なのか? という問いと、その解釈があるということです。
ダスクヴィジルの事件はドラゴンと全く関係ないうえ、上官命令に従うかどうかで仲間同士が殺し合っています。生き残ってもそうでなくても、イシュガルド正教の教えにもとる、くわえて騎士団、軍人としての立場にももとる行為となるでしょう。
ですからいったんそこまで「堕ちて」しまったら、後は堕ち続けるだけ。皇都に万が一帰還できたとしても、生きていられたかは不明です。
◆生きるとは。
2-2-3:カニバリズム 手記だけでは解りませんが、ヌールタイユは「穢らわしい罪」と書いています。
法的に罰せられる罪や、宗教の戒律的な罪というよりは、人間生活のうえでの普遍的な罪の意識で語られているように感じます。
ひかりごけ事件もウルグアイ航空機の事故も、当事者は一貫して殺人を犯していないと証言しています。
双方とも、亡くなった人を食料にしたという点、絶体絶命、生命の危機、助けは来ないという点は共通しています。
手記の場合は反乱と殺し合いがありましたが、生命の危機、食料にするつもりはなかった動機、助けが来ない状況は、現実世界の事件と共通していますね。
◆妖異のひずみ
下世話な興味ですが、その人肉をどのように食べたのでしょうか?
ひかりごけ事件の場合、漂着地のそばの番屋で火をおこせたこと、調味料があったことでおみそ汁などにしたとのことです。
ウルグアイのラグビーチームの場合は、調味料などはなく、天日に干して食べたそうです(『アンデスの聖餐』より)。
手記には「備蓄食料が底をつきかけている」とあるので、塩などの調味料はあり、味はつけられたと思います。ひかりごけ事件式に調理して食べたかもしれませんね。
2-3:ユヘルメリック卿の固執 このような状況でもユヘルメリック卿が砦からの撤退をかたくなに拒否したのは、何故でしょう?
次の二つを考えてみます。
1:なぜ卿は撤退を拒否し、砦の死守を命じたのか?
2:なぜ皇都からの救援が、ずっとこなかったのか?2-3-1:なぜ卿は撤退を拒否し、砦の死守を命じたのか? ダスクヴィジルの最も奥に聖ガンリオルの礼拝堂があり、ハルオーネの巨大な石像には、代々彼の家に伝わる宝石が埋め込まれています。
イシュガルドの秘宝の異名を持つブルーサファイア「氷槍石」です。ものすごい大きさの、秘宝と呼ぶにふさわしい美しい宝石で、卿はこれを奉納しています。
この宝石は、彼が結婚し、同時にデュランデル家から指揮官として叙任された際に捧げたものです。
これは、大変な栄誉にあずかったという彼の気持ちを示しているに違いありません。並々ならぬ意義と意欲が湧き上がったでしょう。また、この状況から、初めて砦の指揮官として任官されたものと思われます。
◆氷槍石とハルオーネの像
ダスクヴィジルは、最終防衛ラインのヴィジル群のなかでも、本拠地から飛来するドラゴン族と、正面からぶつかる最重要の砦です。
第七霊災の不可抗力だからといっても、その状況は把握されていませんし、そもそもドラゴンとの戦いではないですから撤退など考えられなかったでしょう。
ドラゴンと戦わずして最大の砦が崩壊し、守備隊が全滅する。不名誉の極み、とんでもない大失態であり、到底承服できる心理状態ではなかったでしょう。救援要請も非常に慎重に決定され、できればしたくなかったはずです。
◆手記抜粋
兵たちは皇都への撤退を望んでいるが、
ユヘルメリック卿の下した決断は、砦の死守だった。
当然だ、ダスクヴィジルは皇都を守る盾なのだから。◆ユヘルメリック卿
2-3-2:なぜ皇都からの救援が、ずっとこなかったのか? それにしても、どうしてイシュガルドからの救援が、ずっとこなかったんでしょうか?
◆手記抜粋
崩れた瓦礫を取り除き、懸命に救助活動をしたが、
助けることができたのは、わずかに数名のみだった。
その者らも、ここ数日の寒波で衰弱してきている。
季節外れの雪が舞うほどの寒さは、
傷つき、疲れ果てた我々から、体力を奪っていく。
だというのに、皇都からの救援は、未だにこない。 先日、24時間で40センチも50センチも雪が積もった、というニュースがありました。
とんでもない積雪ですよね。
朝起きてドアを開けたら雪の壁 おゆき
…西部高地はよく吹雪きますし、雪の日が多く、しかも全く融けません。前述した氷雪気候です。手記の状況から、天候は荒れに荒れていたとみられますから、あっという間に大雪が吹きだまり、歩くことすらなかなか難しかったに違いないです。
そんな中、ともかくダスクヴィジルからブラックアイアンブリッジへ行くわけですが、ルートをたどってみると案外起伏があって、かなり遠回りになっています。
吹雪で視界が利かない中、正しい道を通るのは至難の業だったしょう。
◆西部高地の地図。下記1~4に対応。
◆1:出発地点。吹雪くと視界は効かない
◆2:西の滝。波止場→牧場の近道ができない。
◆3:この地点で左に折り返す。吹雪と雪景色ではとてもわかりにくい。
◆4:ここで右に川をたどればヘムロック方面。
そして、彼らが苦労してイシュガルドへと向かっていった先で、大事故が起こっていました。
西部高地から中央高地への連絡橋、ガーゴイル橋が落ちていたのです。
第六星暦時代、中央高地と西部高地はガーゴイル橋で結ばれていました(※下註)。ところが第七霊災で消滅したため、皇都への最短の交通路を失ったのです。
※註:
西部高地、第六星暦と第七星暦【前編】 迂回路は、たった一つ。
はるか南のファルコンネストから、現在スノークローク大氷壁になっている渓谷の道を抜け、ドラゴンヘッド経由でイシュガルドに向かうコースです。
伝令たちは絶望したことでしょう。
救援が来なかったのも無理はありません。
救援を求めに走った伝令が、そもそもイシュガルドに全く着かなかったのですから…。
3:keep、dungeon、oblivion、slime… さて、今度は目先を変えて言葉に注目してみます。情報はWikipedia、ハイパー英語語源辞書ほか、複数の資料を参考にしました。
3-1:キープ(keep) 砦の中はマップに日本語版では「キープ内部」とあります。「ボールをキープする」のキープ(Keep)ですが、可算名詞として「城の主塔、本丸、天守閣」を意味します。
砦の施設の中でも特に要塞化された塔であり、領主(高官)の住居と防衛を兼ねた、最後の砦となる場所を指しているとのことです。つまりここはユヘルメリック卿の住居を兼ねた、ダスクヴィジル最後の砦なのですね。
色々な施設があるなかでも、私たちは砦の核心を冒険していることになります。
◆Barracks(兵舎)の奥がキープ。
砦は時代が下るにつれ、強度を増す、監視を強める、収容人数を増やす、新兵器に対応するなど、戦争に対応するため複雑化、大規模化していきました。立地に対しても形状の変化があります。地域によって言葉も違い、使い方は大筋で一緒ですが、裏を返せば微妙に異なります。
そうしたことから一定の用語などはなく、単に塔(turris)といったり城の塔(turris castri)といったりもしたそうです。
3-2:ダンジョン(dungeon) そうした中、領主の砦という性質から、領主の権力、特権(dominarium)もしくは領主(dominus)そのものと結びつけ、フランスではドンジョン(donjon/dongeon)と呼ぶようになったそうです。
つまりダンジョンは、そもそもは砦のことを言っていたのですね。
領主の住まう堅固な塔ですから、例えば戦いに負けたり罪を得て逮捕された領主は、そこに幽閉されることもあったでしょう。また、地下牢や牢獄も、堅固と言うほかありませんよね。ドンジョンはだんだんとそのようなイメージから意味を広げ、監獄そのものを意味するようになった、といえるそうです。
つまり、英語では砦をkeep、地下牢をdungeonというわけです。
dungeonの語根はdem。家、家庭の意味です。そこから派生し、力のある一家の主、家長、領主の意味も持ちました。また「力、権力、その力の危険性」と結びついて、dangerという言葉も生まれています。
余談:democracyは違うClick to showClick to hide
3-3:オブリビオン(oblivion) 遊んだことはありませんが、同じタイトルのRPGがありましたね。映画もありました。映画は終盤以外、まぁまぁかなーって思いました(えらそう)。
なんでこの言葉が出てくるかというと、フランス語では砦をdonjon/dongeon、地下牢をoublietteというからです。
oublier(消し去る)に由来し、これはラテン語のoblīvīscī(忘れる)が原義とのことです。oblivionは忘却、忘れることを意味します。
oublierもoblivionも「(s)lei-(どろどろした、つるつるする)」という語根から来ているそうです。
ob-はaway、去る、離れていくことです。つまり頭から滑って消える=忘れる、となります。
「その人を忘れ去る」=「地下牢」っていう意味のスライドは怖いですね。
3-4:スライム(slime) どろどろした、つるつるする、すべる、なんかぶよんぶよんしたなにものか。スライムもoblivionと同じ語根をもった言葉です。
ダンジョンにスライムはつきものですが、言葉の意味においても非常に近いところにある、切っても切り離せない(つるつるするだけに)言葉だったというわけです。
4:キープ外壁 最後に、キープ外壁のスクショをご覧頂いて、最後といたします。
外壁は切り立ったアバラシア山脈の崖っぷちに建設されています。雲海が下に広がるとんでもないところで、ヨーロッパにもノイシュバンシュタイン城ほか崖に建つお城はありますが、ここまで高い山の深い谷を背にしたお城があるかどうかは、ちょっと知りません。
皇都イシュガルドもすんごい場所に建設されてますよね。
◆崩れて崖下は雲海
◆強烈な横風で吹き付ける吹雪。つららが斜めに延びている
◆聖ガンリオル礼拝堂
礼拝堂はキープの外まで出て、さらに廊下を進んで折れて…とかなり奥まった場所にあります。
籠城するなど、攻め込まれたときの最後の場所としてあるとみられます。
■おわりに■ いかがでしたでしょうか?
ダスクヴィジルは有り体に言って陰気なところですが、第六星暦時代を含めるとさらに悲劇の物語ですよね。
調べましたら、第六星暦時代、ヌールタイユは弓術クエストに、ユヘルメリック卿は弓術、幻術、革細工の各クエストに登場していたそうです。
◆砦に一人だけ居る弓兵。ヌールタイユの可能性もある?
第七霊災直前に彼らはダスクヴィジル守備の任務に就き、そのまま崩壊に巻き込まれたのでしょう。
日に日に迫るダラガブの大きさを感じつつドラゴンへの警戒を行う。指揮官としてのメンタルには相当の緊張があったでしょう。
雪と氷におおわれ、晴れた夜にはオーロラさえ輝く極寒の地で、砦はこれからも存在し、音もなく、ただ鎮魂の祈りをこめて扉を閉ざし続けるのでしょう。
今回の旅では本当に色々なことを知りました。今までの旅行記も同様でしたが、複数のテーマをあつかったため、ボリュームがとんでもないことになりました。完全に自己満足の書き物になりましたが、こんなのでも楽しんでいただければ幸いです。
次回は、ヌールタイユの手記の断片について日本語版、英語版の違いを詳しく見ていきます。
【クルザス西部高地旅行記】
西部高地、第六星暦と第七星暦【前編】西部高地、第六星暦と第七星暦【後編】トマト巡礼【前編】トマト巡礼【後編】五つの不寝番【前編】五つの不寝番【後編】書き手:おゆき
■はじめに■
■ダスクヴィジル概観■
1:ヴィジルとは
1-1:vigilとwatch
1-2:語根weg
余談:vとw
1-3:watchでない理由
2:砦の崩壊
2-1:第七霊災
2-2:寒冷化
3:城門の外
4:ダスクヴィジルの背面
■ダスクヴィジル内覧・1■
1:キープまで
2:キープの中
2-1:兵士たち