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◇ エオルゼア古聞奇譚11「使命」 ◆
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ひとしきり涙を流すと落ち着いた。泣いたのはいつぶりだろうか。心は雨上がりの小道のように、すっきりしている。みんなが、いたたまれないように顔を背けているのが、ちょっと申し訳ない。
「……その……なんだ……せっかく起きたんで、そのまま出発するか?」
ヴァレインが珍しく遠慮がちに口火を切る。
まだ森の中は闇に包まれていて、足下さえよく見えない。
「道があるとはいえ、夜道を行くのは危険です。明るくなってからにしませんか?」
というエルレーンの提案に、言い出したヴァレインも大きくうなずいた。賛成したというよりも、話題がつながってほっとしたのだろう。
今いるのは、滅多に人が通ることのない旧道だ。道があるとはいえ整備されているとは言い難い。
眠る必要のないウィンディに見張りを任せて、わたしたちは夜明けまで眠ることにした。ぱっちり目が覚めていたから、もう一度眠れるのか心配だったけど、疲れ切っていたのか、すぐに眠りに落ちた。
再び目を覚ましたときには、しっかり太陽が昇っていた。みんなよりちょっとだけ早起きしたエルレーンが、卵とベーコンを焼いてくれていたので、少し遅めの朝食を摂った。
「さてと」
わたしはウィンディの前に座った。
「いろいろ教えてもらうわよ。まず、『影』って何なの?」
「ええとね……う~ん……」
ウィンディは答えあぐねている。
「まさか……」
わたしの中で不安が大きくなる。
「リリィちゃん、違うよ!」
ウィンディがわたしの表情を見て、慌てて否定する。
「精霊の力とリリィちゃんの血によって編まれた結界は絶対に破れない。あいつが外に出ることはできないんだ。ぼくとリリィちゃんが生きている限りね」
ウィンディが断言し、わたしはちょっとほっとする。
「でもね……」
ウィンディの声が勢いを失う。
「ちょっと網の目が粗いんだ。力が弱くて実体を持たないもの、例えば思念体のようなものは通り抜けちゃう」
思念体というのは、意思の宿った物体のことだ。物体と言っても実体のない、例えばエーテル体のようなものも思念体となる。意思が宿ると言っても、念を送れば思念体になるというほど簡単なものではなく、自律行動できるほどの意思が宿るには、気の遠くなるような時間、念を送り続ける必要がある。そうして意思を宿した物体は、移動はできるが、他の物に干渉するほどの力はない。
「力が弱くて実態がないんだったら、放っておけばいいんじゃないか?」
ヴァレインが言う。
「ぼくも最初は、そう思ったよ。でも、あいつが、やることには必ず意味があるはずだ。悪意と言ってもいい。実際に『闇の獣』が黒衣の森のあちこちで発生して、他の生き物や人間を害している」
ウィンディの言葉を聞いて、シアがきゅっと口を引き締める。
わたしは、シアを横目に見て、ウィンディに先を促す。
「あいつは狡知に長けている。『檻』のせいで、誰も外に出れないし、誰も中に入れない。考える時間も、実行する時間も十分あったはずだ。それで、自分の思念体に意思を与えて結界の外に送り出したんだ」
「その思念体が闇の獣になったのですか?」
エルレーンの問いには「そんなことは起こりえない」という疑問を含んだ問いだ。
思念体が宿るのは石や植物がせいぜいで、意思をもった動物に宿ることはできない。
「もちろん、そんなことはできないよ」
ウィンディはふるふると首を振る。
「ぼくは、なぜこんなことが起きているのかをずっと考えていたんだ。ずっとね」
ウィンディは森の奥をじっと見つめた。
「思念体は、石や草、虫なんかに取り憑きながら、森の奥で少しずつ少しずつ集まっていったんだ。一つ一つは弱くても何十、何百と集まったら、力をもつようになる」
わたしは森の奥を見つめた。闇に閉ざされていてよく見えない。毒の溶けた水が蒸発して少しずつ濃くなるように、あの暗がりの中で、魔が少しずつ力を増していったというのか?
「そんな……、思念体が一つ生まれるのに、人の一生ぐらいの時間がかかるんですよ。ありえない」
エルレーンが途方に暮れたような顔で呟いた。
「そうだね。でも、限りある命の君たちには想像できないだろうけど、ぼくたち精霊にとって、時間なんてないようなものだよ。あいつにとってもね」
ウィンディが静かに言う。
「思念体が実体化したのね」
わたしの言葉にウィンディが黙ってうなずく。
「実体化って?」
シアが口を挟む。
「思念体を森の動物に取り憑かせて、自分と同じモノに変異させたのさ」
「じゃあ、黒い獣にいろいろなタイプがあったのって……」
ウィンディの言葉を聞いて、エルレーンが眉をひそめる。
「素体が違えば『影』の形も変わる。あれは、森の動物たちの、なれの果てだよ」
「その話が本当だとすると……もしかして、人間も?」
エルレーンがショックを受けた声で言い、シアの顔色が真っ青になった。
「なんのために、そんなことを?いたずらにしちゃあ、やり過ぎだぜ。死人も出てるんだからよ」
ヴァレインが吐き捨てるように言う。
「それに、なんなんだ!さっきから言ってる『あいつ』って。何者なんだ!」
「ヴォイドの妖魔。生物の命なんて気にしてないさ。あいつは、死の存在しない国、ヴォイドから来たんだから」
ヴォイドは、この世界とは異なる次元に存在する異世界で、その存在は古代から知られていた。稀に「次元の裂け目」と言われる綻びが生じ、この世界とつながってしまうことがあるからだ。アムダプールを攻撃したマハは、この割れ目を人工的に作る技術を編み出し、ヴォイドから妖魔を召喚して、軍事利用したと言われている。
「アムダプール城を攻めたヴォイドの魔物は、城を守っていた騎士や白魔道士を惨殺した後、国王によって封印された。でも、それは滅んだってことじゃない。今も、あいつは、あの城の中で生きている」
ウィンディの言葉に、わたしを除く全員が息を呑んだ。
「あいつは、この世界をヴォイドの魔物で満たすために生きている。そのためには、封印を破らなければ何も始められない。封印を破るには、ぼくかリリィちゃんを消滅させなければいけない。ぼくは結界のせいで城に入ることができないし、リリィちゃんは入れるけど、この100年間、妖魔を刺激することを恐れて封印に近付こうとしなかった。何より、白魔道士のリリィちゃんは、力の弱った奴にとっては、最も恐ろしい相手だ。だから、あいつは、黒衣の森を死滅させようとしている」
「黒衣の森を死滅って……すると、どうなるんだ?」
沈黙を破ったのはヴァレインだった。
「ぼくが消滅し、封印は解かれる」
ウィンディは、何の感情もない声で言う。
「古アムダプール市街とアムダプール城は、妖魔に侵入され、滅びた。ぼくは、王との契約に従って、リリィちゃんと魔力を通わせることで、アムダプール全土に残っていたエーテルを全て吸い取った。そのエーテルを使って森を広げ、街と城を封印したんだ」
「じゃあ、伝説は間違っているってことですか?」
伝説では、侵攻してきたマハの軍勢をアムダプールが撃退したが、エーテルバランスが崩れて大災害が発生し、白魔道士の力を恐れた森の大精霊が森を侵食させてアムダプールを封印したとされている。
「人が作った伝説なんて、ぼくは知らない」
ウィンデイは静かに言う。
そのときの状況を知っている人は少ない。魔大戦で生き残った人々は、エオルゼア各地に散らばり、国を造った。1300年も経っているのだ。伝説が変化していっても不思議はない。
「わたしがやる」
「リリィちゃん、だめだよ!リリィちゃんが倒されても結界は解除される」
わたしの言葉を予想していたように、ウィンディはすかさず止めに入る。
「でも、時間の問題でしょ?」
「どういうことだ?」
ヴァレインが言う。
「これまで森に『影』が現れることはあっても、こんなに頻繁じゃなかった。ウィンディが押さえ込んでいたのよ。それが頻繁になったということは……」
「限界が近い……」
エルレーンがぞっとしたように言う。
「さすがリリィちゃんだね。よく見てる。でも大丈夫だから……」
「大丈夫だから、ウィンディが消耗して消えるまで見てろって?世界が妖魔に壊されていくのを安全な場所で見てろって言うの?嫌だよ、そんなの!わたしは……だって、わたしは……!」
「リリィ、落ち着いて」
シアがわたしの頭をなでる。
「これは、わたしがやらなきゃいけないんだ。わたしが、この世界に生まれた意味は、今までわたしが一人で生きてきた意味は、このためだから。お願い。お願いします。わたしに力を貸してください。わたしの生きる意味を台無しにしないで」
「わかったよ」
長い沈黙の後、ウィンディが返事を返す。
「ええと、皆さん、ずっとここにいて、また、夜になったら大変です。だいぶ消耗してることですし、一度、街に戻りませんか?そのぐらいの間なら結界だって無事でしょう?」
エルレーンが穏やかに言う。
わたしは、そっと目尻を拭い、いつもの顔に戻る。
「それなら、わたしの家に戻りましょう。そこなら安全だし、近いですから」
1300年経って、やっとこのときが来た。来てしまった。でも大丈夫。きっと大丈夫。わたしは城の扉を開け、世界を脅かす脅威に打ち勝つ。そして、また、シアと二人で静かに森で暮らすんだ。でも今は、ひとときの休息がほしい。ただ時を意味もなく過ごすのではなく、再び歩き出すための休息が。
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ちはちゃん、こんにちは。いつも読んでいただき、ありがとうございます。今回は、今後の展開の都合上、設定をかなり吐き出さないといけなくて、ひたすら説明し続ける、おしゃべりな猫を、どう料理していくかが難しかったです。こういうのって、全部ト書きで書いたら楽なんだけど、それじゃ、読む気にならないしねえ。リリィが最後に感情をぶちまけてくれたので、うまくハコに収まりました。最後、アレがなかったら、ぺろんってした仕上がりになったと思います。