もう最後に書いたのいつだったか覚えてないや…
こんばんはアフロです
さて、久々のロドスト日記ですが何を書こうか?
ストーリーの感想?イベントの思い出?
そこらへんはワシのTwitterでも見てくれ
ということで昔の思い出でも語ろうか…
時は1980年代半ば、バブルに沸く列島の片隅でアフロはまだ幼い少年であった
幼いアフロ少年にとって世界は煌めきに溢れ、空は何処までも碧く美しく、自分の可能性は無限大であり
恐れるものなど何もこの世には無かった
アフロ少年にとって唯一の苦悩と言えば「通学路の長さ」であった
バス路線すら通っていない、山間に沿って伸びる道路を片道一時間、毎日友と歩く日々
そして通学路の中程に田圃に囲まれた一帯が存在していた
道路と田圃の間には子供一人が座れるくらいの大きさの用水路があった、用水路と言ってもあまり水は流れておらず、時には用水路の中にわざと降りて歩くこともあった
そんなある日のこと、たまたま一人で帰宅していたアフロ少年に天啓が舞い降りた
「用水路の淵を歩くの面白そう」
無限大の可能性と溢れる自信に満ちたアフロ少年にとって、大冒険の始まりを告げる閃きであった
えいやと田圃側の淵に足を掛け、バランスを取るべく両腕を広げたその姿は、さながらアメリカの象徴たる「ハクトウワシ」の如き威風堂々さ
この体の奥から滲み出る高揚感が、己が身を天高き碧く輝く空へといざなう…
そんな妄想が脳内を走る程であったという
刹那
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。
天高く舞い上がるはずであったアフロ少年の身は、横を爆走するダンプの風を受けていた
その身に降りかかる「粒状物質?なにそれ?」な排気ガス上等な昭和の風は、少年の体で受け止めるには大きすぎ、また重すぎた
砂上の楼閣が如きバランスは、神の怒りをかったバベルの塔のように一瞬で崩れ去り、硬いコンクリートの淵を踏みしめていたはずの右足は、哀れ泥中に没していた
日本国の一次産業の根幹である田圃という名の深淵は、アフロ少年の右足を離さず、まるでこれから訪れるであろう人生という重みを表現しているかのようであった
それでもアフロ少年は絶望していなかった
冷静に自己の置かれた状況を分析し体制を整えると、ゆっくりと、しかし確実に右足を深淵から浮上させていく
さながら地獄の亡者の如く絡みつく泥との静かな戦い
善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや
30分ほどの短い時間に勝利したアフロ少年は意気揚々と家路を急ぐのであった
母は激怒した。必ず、かの幼稚浅はかな息子を叱らねばならぬと決意した。母には男子がわからぬ。母は、家庭の主婦である。子の面倒を見、家事をして暮して来た。けれどもいたずらに対しては、人一倍に敏感であった。
かくして悪童がまた一人、母の手によって制裁されたのである
だがしかし、アフロ少年は知らない。泥汚れとは落ちにくいものだと。時間が経てば経つほどに落ちにくいのだと。そしてその汚れが、ちょうどお尻のあたりにあるのだということを。
プール授業の着替えの時に、ブリーフについた泥汚れの跡がまるで漏らしたかのように見えていることを。
悲劇はまだ、終わらない…